そよ風が吹く頃

仕事さがし


一人でも大丈夫でよかったね。
なんとかなりそうで安心したよ。

うん。そうだよね。少しずつ。
でも確実に前に進んで行ってるよね。

こっちは全く心配はないと思うけど
ちょっと気になるよね。
今までどうだったかとか。

あれ? 知ってるんじゃないの?
見たことあるって言ってたよね。

見たことあるけど、見たことないの。
私は詳しいところまではわからない。
だからこそ、気になるんだよね。



 一方アルムはマルベリーとの別行動の目的である仕事探しのため、あちこちを渡り歩いていた。
 はじめは孤児院のある街からさほど遠くないところでと考えていたのだが、ちょうど都合の悪いことになかなか条件に見合った仕事が見つからず、気がついたら一晩を越え、大きな港町のそばまで来てしまっていた。
 早く街に行こうと夜通し森の中を歩き続けて身体はすっかり冷え切ってしまっていたが、今は日も高くなり暖かく、過ごしやすくなっていた。辺りを流れる風からは磯の香りがする。
「結局ここまで来ちゃったかぁ。どうせ船に乗る予定だったんだからマルベリーも連れてくれば良かったなぁ」
 港町の入り口で軽く一息つきながら呟く。確かにこれでは仕事の後また戻らなければならず非効率だ。でもマルベリーにとって孤児院で過ごすことはとても身になるはずだし、このまま連れてきたとしても、ここは今まで訪れた街や村よりとても人の数も多いため、戸惑ってしまうかもしれない。
 そして、アルムの足だからこそここまで一日で辿り着くことができたが、マルベリーがいた場合はおそらく途中の街や村で一晩休憩することになっただろう。情けない限りではあるが、アルムの手持ちでは、二人が一晩宿を取るお金もなくなってしまっていたのだった。
「この街は大きいし、何か仕事はあるだろ。……前にやったやつみたいな条件のいい仕事はなかなかないかもしれないけどなぁ」
 軽く伸びをして街の門をくぐる。この街は今アルムやマルベリーがいる大陸唯一の港町のため、人々の活気で溢れていた。まだ朝早いというのに大通りでは多くの人が行き交っている。ここでは街の中央にある市場で朝市が開かれるため、それに向かおうとしているのかもしれない。
「相変わらずこの街のみんなは元気だなぁ。……はぁ。俺は腹減ったし、眠いし」
 朝の慌ただしい空気の中、アルムはひたすら空腹と眠気に立ち向かっていた。


 人々の集う方向とは逆に、どんどん街外れの方に向かって歩いていたアルムはようやく目的の場所へ着くことができた。
 そこは一軒の小さな店だった。レンガ造りの可愛らしい佇まいで、若い女性などに好かれそうな感じだ。看板には『シュクル』という名前が書かれている。店の入り口である表玄関はまだ店が開いていないという表示がされているため、アルムは慣れた足取りで裏口へ向かい、軽く戸を叩いた。
「ジュレ、いるかい?」
 アルムの声が聞こえたのか内側からごとごととした音が聞こえ、やがて戸が開いて一人の男性が姿を現す。上着やパンツ、そして帽子、靴と全て白色で揃えたいでたちの男性は、アルムより三つ年上の店主だった。アルムも童顔だが、ジュレも負けず劣らずの雰囲気で、二人ではどちらが年上かと聞かれてもすんなりと答えられる人は少ないだろう。アルムよりも少し背が低く痩せ型で、よく女性と間違われると本気で悩んでいるようなタイプの男性だった。
「アルム! 戻って来てたんだな」
 ジュレと呼ばれた男性はアルムを見るなり破顔する。二人は菓子屋を営んでいるジュレの店に、仕事を請け負うため港町に足止めを食らっていたアルムが散々通い詰めたことがきっかけで知り合ったのだが、年が近いこともあって、そして菓子屋に通い続ける男性ということでインパクトが強く、仲良くなるまでにさほど時間はかからなかった。今ではアルムはこの港町を訪れた際には必ず立ち寄り、友人の作る上質なお菓子を大量に平らげている。それに加えて港町での宿代わりにもしょっちゅう使わせてもらっていた。アルムにとって自分の家のようにくつろげる場所なのである。
「ちょっと急に物入りになっちゃってさ」
 店の中に入り、住宅部分にある椅子に腰掛けるアルム。ジュレはそのすぐそばにある厨房でお菓子作りを再開させようとしたが、ふと立ち止まり、戸棚を空けてマスクを取り出し口に当てる。
「ついこないだこの街で仕事して報酬もらってたじゃないか」
 マスクのためにもごもごとした声しか聞こえてこないが、小さな店のため、ジュレの声はしっかりとアルムに届いていた。ジュレは作業に集中しながらもアルムと話を続けている。こういったことはいつものことなのだ。
「それが、気がついたらもうないんだよ」
 作業をしている友人を見ながら答える。作りかけのお菓子もアルムにとって見ればとても魅力的に映るごちそうだ。
「なあ、昨日の売れ残りとかでいいんだけど、何か食べ物ないかい? 俺一晩歩きっぱなしで腹減ってるんだ」
「あぁ、それならそこの戸棚の中に入ってるから、食べてかまわないよ」
 さらりと答えるジュレ。突然やってくる来客に備え、いつもお菓子は蓄えている。それにアルムから「腹減った」と言われないことはないため、その辺りは慣れたものだ。アルムも「やった」と呟き、勝手知った感じでお菓子を取り食べ出した。
「そういえば、何かいい手がかりは見つかったのか? 今度行く村で何か情報が手に入りそうだって言ってたよな」
 作業をしながら度々ちらりとアルムの様子を眺めるジュレ。おいしそうにお菓子を頬張る様子を見て微笑みながらも、相手の旅の目的を知っているため気になってしまうのだろう。
「あぁ、とりあえずその村には行ってきた。手がかりはなかったけど、もしかしたらって思ったことはあったかな」
 もぐもぐと口を動かしながら答えるアルム。だんだんと空腹が解消されてきたためか、今度は徐々にあくびの回数が頻繁になってきた。
「そうしたら、少しは前進したってことか。良かったじゃないか」
「うーん。そうともはっきり言い切れないからなんとも言えないけど」
 喜ぶジュレとは反対に、アルムの表情はとても複雑だった。マルベリーと出会い、共に旅をしてからはすっかり保護者的存在になっていたが、もちろんアルムにも旅を続けている理由がある。ただ、マルベリーと同じくアルムもそのためには情報が少なく、世界を旅して色々と探っているという状態なのだった。二人の旅の目的は違うが、手段は同じなのである。
 そしてアルムはマルベリーと一緒に旅を続けることによって、いつかは自分の目的も達することができるのではないかという気がしていた。もちろんそれは予感でしかないのだけれども。
「なあジュレ。頼みがあるんだけど」
 お菓子を食べる手を止めて友人を見るアルム。その表情はいつものような愛嬌のある笑顔ではなく、数少ない真面目なものだった。それを受けてジュレも作業の手を止め「どんなことだ?」と尋ねる。
「実は俺、ちょっとエルフの女の子を預かっててね」
「は?」
 一瞬何を言われたのかわからず、ジュレはアルムを眺めたまま次の言葉を待つ。
「訳ありでね。まさかこの大陸にいるとは思わなかったから驚いたけど。仲間のいるところに連れて行くことになってるんだよ。今は別行動中なんだけど」 
「……そうなのか」
 ジュレはエルフを見たことがない。なにしろ今はもうほとんど残っておらず、もうすぐ絶滅するかもしれないという話だけしか聞いたことがないからだ。そのためアルムがエルフと会って、そして一緒に旅をしているというのはにわかに信じがたかった。
「エルフの保護区があるのって知ってるかい。一応表向きには俺の知ってるところで一か所だけあるんだよ。とりあえずそこに連れて行こうと思ってるんだけど、そのエルフがちょっと特殊でね、人間嫌いなところがあるんだ。嫌いっていうか、怖いっていう感じだけど」
 アルムがテーブルに両手を突いて、少し身を乗り出す。
「今度俺がここに来る時にその子も連れてくるから、よろしくな」
 ジュレは一瞬、何を言われているのかがよくわからなかった。きょとんとしたまま立ち止まっている友人を見て、アルムは少し説明が悪かったかな、と片手で頭を掻いた。
「あぁごめん。とにかく、エルフを見てもあんまり反応しないで普通の子供みたいに話しかけたりしてやって欲しいってことなんだよ。たぶん突然連れて来たら驚くかもしれないって思ったからさ」
 アルムは今まで少しだがマルベリーと旅をしていて感じていたことがあった。今いる大陸は世界で最も歴史が浅く、エルフや魔法使いといった過去に迫害されてきた人々から遠いところにいるのだ。
 一般の人々は言い伝えもほぼ忘れているか知らない状態で、耳の長いマルベリーを見かけて過剰反応を見せる。それを見たマルベリーも身を竦ませてしまう。孤児院でのマルベリーが意外と適応が早かったように、意識はしていなくとも相手の反応次第で身の置き方も変わってくるのだろう。
 この港町は外からも中からも人の出入りが多い。マルベリーにとってはそれだけで圧迫感を感じるに違いない。それが好意的な視線であればまだ良いのだろうが、様々な人々がいる。必ずしも安心はできないのだ。そのような中ここを拠点にすることができればマルベリーにとっても良いだろうし、アルムにとっても負担が減る。色々な手続きや情報収集をするのにも、この街では一人で行った方が良いと判断したのだった。
「俺はエルフを見たことがないからどうなるかはわからないが、心構えだけはしておくよ」
 ジュレはとりあえず笑顔でアルムに答えた。
「ありがとな。まぁジュレなら大丈夫かなとは思ってたんだけどさ、結局仕事を探しててこっちに来ちゃったから、ついでに頼んどこうと思って」
 アルムも笑顔を見せ、そしてまたお菓子を手に取り食べる。その様子を見てからジュレも再び作業を開始させた。
「なんだかこの辺りじゃ『エルフは妙な力を使う恐ろしい奴だ』みたいな感覚があるみたいでさぁ。やりにくいけど、今のところはまだ危なっかしいところはないからいいのかなぁ」
 お菓子を食べながら呟くアルムを見ながらジュレは「うーん」と軽く首を捻る。
「俺もなんとなくそんなイメージがある……気がする」
「ジュレもかい?」
 アルムは驚き目を見開いた。
「言い伝えだけでしか知らないから、自分の中でいろんなイメージが浮かんできてるんだよな」
 話をしながらもジュレの作業は進み、天板に並べられたお菓子の元が続々とオーブンへ入れられていく。
「やっぱりそうなのかぁ。でも、見たらすぐその考えが変わるよ」
 やがてなんとも言えない香ばしいにおいが店中を覆う。アルムは今もお菓子を食べているというのにそれを嗅いで舌なめずりをした。それから再び眠気に襲われる。
「ふぁぁぁ。やっぱり眠いや。仕事探しはちょっと寝てからにするよ」
 そう言ってお菓子の残りを戸棚にしまい、住宅部分の奥にあるソファに横になる。そうすると背もたれが邪魔になりジュレからはアルムを見ることができないが、その代わりにアルムは片手を上げて振った。
「悪いけど、昼近くなったら起こしてな」
 そして手を下ろし目を閉じる。一晩歩きっぱなしで疲れた身体に空腹も解消されたアルムが寝入るまでにはそんなに時間はかからなかった。ジュレはマスクを取って棚に置き、またお菓子作りの作業に集中していった。


「ほれほれ。おはよーう!」
 正午近い時間になり、ちょうど都合がいいことに客足も途絶えたため、ジュレは住宅部分に入りアルムを起こした。しかし全く起きる気配がなく、アルムの身体を強く揺する。
「もう昼だっつうの」
 そこそこ大きな声を出しているのだが全く起きる気配がない。一息ため息をつき、今まで片手でアルムを揺らしていたのを両手にして、揺する回数も増やす。やがてアルムが軽く顔をしかめてゆっくりと目を開けた。
「……あぁ。おはよ」
「やれやれ。やっと起きたか」
 むくりと起き上がったアルムは店の外に出て伸びをし、すぐそばにある井戸から水を汲んで顔を洗う。冷たい水がとても気持ち良く、そして適度に眠気から覚ました。その後踵を返して店へ戻る。
「疲れてんのかなぁ。俺、寝起きはそんなに悪くないよ」
「まぁ確かにいつもはそれほどでもないな」
 仕事を探すため出かける準備をしているアルムを眺めながらジュレは相槌を打つ。そしてふと思い立ったことがあったのか、目の前の友人に一つ尋ねた。
「そういえば、この街ではどのくらい仕事をする予定なんだ?」
 アルムは軽く腕組みをして視線を斜め上に泳がせる。
「うーん。どんな仕事が見つかるかによるけど、一週間くらいで戻るようにしたいから3日か4日ってところかな。あんまり長いとエルフ、あぁマルベリーっていう名前の子なんだけど、その子が待ちくたびれてもなんだし」
 ジュレは軽くではあるが、今まで見ていたアルムと違う面を垣間見たような気がしていた。いつもジュレに接する時は年上に対するということもあるかもしれないが、なんとなく人の好意を受けるのが上手いと思っている。だが、そのエルフの子に対しては頼れる保護者なのかもしれなかった。
「なるほど。いい仕事が見つかるといいな」
「それじゃ、出かけてくるよ」
 準備が終わり、今度は店の表玄関から外に出るアルム。その背にジュレが声をかけた。
「俺は今日は出かけないでここにいるから、仕事が早く終わって帰って来るんなら来てもいいからな」
 アルムがその声を聞き、上半身だけ後ろを振り返った。その顔は微笑んでいる。
「ありがとな」

 
 この世界でアルムのような旅人が仕事を探す場所としては、斡旋場がある。依頼する者と仕事を求める者との橋渡しをする場所で、小さな町や村であれば人の集まる酒場や宿屋などで請け負っていることが多いが、大きな街になると仕事量も多くなるため一軒の建物としてある。今アルムがいる港町でも街の中心に大きな斡旋場が建てられており、いつ訪れても多くの人々で溢れていた。
「どもー」
 軽く声をかけながら中に入ると、やはり中は混んでいた。この斡旋場はそれこそ傭兵や護衛のような仕事ももちろんあるが、店での売り子などの一般的な仕事の紹介も行われているため、来ている人々は実に様々だった。
 アルムはその中の『力仕事』のコーナーへ入る。やはり一般的なものよりは多少技術を使う仕事の方が報酬が高かった。屈強な体格には見えないアルムはたまに断られてしまうこともあるのだが、一度受けた仕事は確実に遂行している。
「おう。お前、また来たのか。稼ぐなぁ」
 壁に貼られている仕事募集の紙を眺めていたアルムに声をかけたのは、以前ここを訪れた時にも仕事を紹介してくれた中年の男性だった。この斡旋場で世話役をしている男性は、自身も力仕事で生計を立てることができそうなくらいしっかりとした体格だ。そのような身体で白のきっちりとアイロンがかかったシャツを着ているが、あまり似合っていなかった。本人も普通の服装より鎧などを着た方がしっくりくると言っていたことがある。
「あ、こんにちは。ちょっと急に入用になっちゃいまして」
 アルムは勧められるままに席に着く。男性はその向かいに座った。
「さてだ。……前は護衛をやったんだっけな。次はどうするかな」
 世話役の男性はどこから取り出したのか、いつの間にか大きなファイルを手に持っており、ページをぺらぺらとめくりながら書かれている内容を確認していた。
「なるべくなら短期間である程度稼げる仕事だとありがたいんだけど」
 アルムもその紙を眺めながら男性に条件を伝えた。
「おいおい。お前、どのくらいの金が必要なんだよ。短期間で高い金が稼げるものはやっぱり限られてくるぞ。お前は前に来た時にそういった仕事は避けたいと言っていたよな」
「あぁ。だから短期間の軽い仕事を掛け持ちして多くやろうかなと」
 さらりと答えるアルムを、向かいに座った男性はまじまじと見ていた。
「なぜお前はそんなに効率の悪い仕事ばかり選ぶんだ。もっと条件のいいものがあるだろう」
 アルムは男性にきっぱりと言われ、一瞬どう切り返したらいいか悩んだ。
「うーん。でもやっぱり安い仕事をたくさんの方がいいなぁ」
 男性はアルムが座った椅子に立て掛けられている剣を眺める。多少細身のものではあるが、長さは軽くマルベリーの身長近くはある。
「その剣は飾りか? この仕事をして長いからわかるぞ。お前、線は細くて頼りないが、力はあるだろ」
 アルムはその言葉を受けて軽く視線を逸らした。
「買いかぶりだよ。高い仕事はやっぱりリスクがあるから避けたいところだなぁ」
「そりゃそうだ。危険な仕事ほど金額は高いさ。それでも、お前にできない仕事ではないだろう」
 世話役の男性はファイルから高額依頼の紙を取り出し見せる。
「例えばこの『行方不明のお嬢様を探し出す』とかな。これは他の仕事と比べたら報酬が一桁違う。その分簡単にはいかないだろうが、早く見つけられたら儲けもんだぞ」
 アルムはその条件などを眺めていたが、いまいち乗る気にはなれなかった。
「うーん。確かにできないことはないなぁ。でも、もしその仕事に取り掛かったとして、見つけられなかったら少しの足しにもならないってことだよね」
 普段から確実な仕事ばかりを選んでいるアルムは、結果がどうなるかわからない仕事にはなかなか惹かれない。
「おいおい。弱っちいな。だらしねぇ」
 呆れた顔をする世話役だが、アルムは特に否定もしなかった。
「そうなのかもしれないよ。だって俺は、できることならなるべくこの剣を使いたくないと思ってるからね。……あ、この仕事いいなぁ。重い荷物運び」
 世話役からファイルを受け取り物色していたアルムが条件の合った仕事を見つけ出した。
「またお前はそんな仕事だけでよ」
「いいんだって。俺は頭悪いし、どこからどこまで荷物を運んだらいくらっていう単純な仕事の方がやりやすいんだよ」
 アルムは他にもファイルから4、5枚紙を取り出し、仕事内容を紙に書き留める。
「……仕方ねぇな。俺はおせっかいだからな。まぁこの仕事はそうでないと勤まらないが。ほれ、弱虫兄ちゃんに紹介状書いてやるよ」
 もう何を言っても無駄だと悟ったのか、世話役の男性は書類に文章を書き留め、印を押して手渡した。
「ありがとう。さすがだね。これからもこの街での仕事探しの時はいつもおっちゃんのところに来るよ」
 はいはいと片手で手を振る世話役に軽く会釈をした後、アルムは斡旋場を出た。まずメモを確認し、斡旋場から最も近い依頼主のところへと歩き出す。
「さて、ぱっぱと終わらせて早く次のところに行かないとな。もたもたしてたら他の奴に仕事取られるかもしれないし、やっぱり報酬が少ないから数をこなさないと」
 まだ今は夕方よりも早い時間だ。おそらく確実に1つ、上手くいけは2つは仕事を終わらせることができるだろう。意識はしていなかったが、軽く早足になっていた。あとは目の前の角を曲がったらすぐ依頼主の家に着く。
「……おわっ」
「あっ。……すみません」
 ちょうどアルムと反対方向から曲がってきた人と軽くぶつかる。アルムは全くびくともしなかったが、相手はかなりよろけたようだった。塀に背中をつけ、深く息をしている。体調が悪いのかもしれなかった。
「こっちこそごめんな。……大丈夫かい。なんだか顔色が悪いけど。こんな状態で一人で歩くなんて危険だよ。良かったら家まで送って行くけど?」
 アルムは改めてぶつかった相手を眺めた。アルムよりも少し背が低い程度の女性で、腰ほどもある金髪がさらさらと流れてとてもきれいだと思った。
「あ、ありがとうございます。でも、大丈夫です。少し疲れているだけだと思いますから」
 見た目では確実にアルムよりは年下なのだろうとは思うが、話し方はとてもしっかりとしていた。体調とは裏腹に、とても心地良く響く声。
「そうなのか?」
「はい」
 そう言って女性は軽く額に手を当てながら笑顔を見せる。その額にはアルムと同じようにバンダナが巻かれていた。
「そっか。そしたら気をつけてな」
 アルムも女性に笑顔を向ける。瞳を軽く覗き込むと、とても透き通った青色の目が一瞬見開き、そして柔らかく細められた。
「はい。ありがとうございます」
「それじゃな」
 そして目的地へ向かって再び歩き出すアルム。少し歩いてから気になって後ろを振り向いてみると、まだその女性は塀に寄りかかっているままだった。心配になったが、本人が大丈夫だと言っているのにそこまで踏み込むのもおせっかいかなとも思う。そしてアルムも仕事をこなすために急いだ方がよかった。
「無事に家に帰ることができればいいんだけどなぁ」
 歩きながら空を見る。まだ日はそんなに傾いてはいなかったが、少しずつ茜色に囲まれる時間になっているようだった。アルムは早足で歩き、そしてようやく1件目の依頼主の家へと辿り着いた。


「腹減ったよ」
 アルムは友人の店に戻り、裏口の戸を開けるのと同時に空腹を訴える。ジュレは「第一声がそれかよ」と突っ込みながらも温かく出迎えた。そしてお皿を戸棚から取り出し、厨房の鍋に入っている料理を入れ、テーブルの上に乗せる。時間の決まっている仕事ではないため、アルムがいつ戻ってきてもいいようにと長持ちする料理をいつもより多めに作っていたのだった。
 アルムが戻ってきたのは日がとっぷりと沈んでからではあったのだが、ジュレが夕食を取り、少しくつろいでから明日の仕事の準備をしようとしていた時間だった。それこそ日付が変わってからや早朝に戻ってきたこともあったため、それと比べると早い時間ではある。
「早かったな。いい仕事は見つかったか?」
 テーブルに着いておいしそうに食事を平らげ、遠慮なくおかわりをするアルムに2杯目をつぎながら尋ねた。
「あぁ。今日は2件の荷物運びをやってきた。依頼状に書いてあった通り本当にでかくて重いものだったけど、無事に終わらせてきたよ」
「そうか」
 ジュレは厨房に入って仕込みを開始させる。アルムと話をしながらのため、また口元にはマスクを装着していた。
「明日はまた荷物運びと、あとは護衛とかな。護衛って言っても近くの町まで行って帰ってくるのについていくだけだから、遅くても明後日までには帰って来られると思うし」
 食事を終わらせ満足したアルムは皿を流し台に持って行き、洗って戸棚にしまう。それからおなかを軽くさすりながら再び椅子に座り、背に寄りかかった。そこから友人の働き具合がよく見える。
「いつも思うけど、お前って器用だよなぁ」
 お菓子はもちろん味は言うこともなくおいしいが、見た目の印象もとても強い。どうやって作っているんだろうといつも不思議に思うくらい、それこそ彫刻と似たような細かい模様のついている芸術品もあり、アルムは食べる時にいつも感心してしまう。
「俺には絶対できないことだな」
「アルムには確かに似合わないかもしれないな」
 噴出しそうになるのを堪えながらジュレが答える。良く言えば大らか、悪く言えば大雑把なアルムが細やかな作業をこなすとはとても考えられない。アルムも料理をすることは知っているが、それも材料を切って煮詰めただけとか、そういった力強いものだった。
「マルベリーも、薬師をやってるくらいだからとっても手が器用なんだよ。本当にすごいなぁと思うよ」
「そういうふうに思うのは俺も同じだよ。俺は全く力ないし。まぁ菓子作りが好きだから問題ないけどよ」
 ちょっとした仕込みのため、作業はすぐに終わる。ジュレはマスクを取り、厨房から戻ってソファに座ってくつろいだ。
「さて、連れのマルベリーって子について詳しく聞かせてもらおうか」
 単純に、どうしてアルムがエルフの子を連れて歩くことになったのか興味があるということもあるが、ジュレにとっては知らないことだらけのエルフという種族をアルムはとても詳しい様子がするのがとても気になった。
 そして、話を聞いていくうちに今まで抱いていた見知らぬ種族のイメージが大きく変わり、ジュレも少女に会ってみたいという好奇心が沸いてきたのだった。


 アルムがジュレの店にほぼ居候状態になってから4日が経過し、5日目になった。単純な仕事ではあるが、数をこなしたため、なんとか目標にしている金額は稼ぐことができていた。ただ、昨日帰って来た時間が深夜だったため、朝である今はまだ疲れが取れきっていない様子ではある。
「もう少し休んでから戻ったらどうだ?」
 店の開店準備をしながらジュレが声をかける。アルムは孤児院のある街へ戻る準備を着々と進めていた。これからすぐに戻る予定なのだ。
「まぁ大丈夫だろ。本当は昨日戻ろうと思ってたんだけど、護衛の仕事が予定より延びたせいで遅れたっていうのもあるし、俺がマルベリーの様子が気になるっていうこともあるし。今ここを出ればゆっくり歩いても明日の昼過ぎか夕方くらいには着くことができそうだから」
 準備を整えたアルムに、ジュレは2、3食は賄える携帯食とお菓子の入った袋を持たせた。
「腹減って動けなくなったら食べろよ」
「おぉっ。ありがとう。実は何かくれるんじゃないかって期待してたんだよね」
 調子のいいアルムの台詞に軽く笑いながら見送るジュレ。
「そうしたら、次はまた1週間後くらいか」
「それより早いかもしれないけど、まぁとにかくまた来るからよろしく」
 そう答えて、アルムは荷物の入ったリュックを背負い、店を出て歩き出した。
 今日も朝から天気が良く、アルムはマルベリーとの別行動中は天気に恵まれてとても良かったと思っていた。


 そうして、食事などの小休止と仮眠時間は取ったが、ほぼ一日中歩き通したため、なんとか夕方になる前には孤児院のある街に着くことができていた。まだ夕食の鐘は鳴っていないはずだ。アルムはなんとか夕食にありつこうと歩みを急がせる。
「ただいま」
 声をかけて中に入ると、年長組の少年が一人台所から出てきた。そしてアルムの姿を確認すると顔を綻ばせる。
「アルムさん! お帰りなさい」
 その少年の声を聞いて、台所から子供達がたくさん出てきた。その中には右手が不自由なリトもいる。リトは子供たちの一番後ろで、相変わらず言葉は発していないが、ただひたすらアルムのことを見続けていた。無事な様子を見ることができて嬉しいのだろう。
「おぉっ。大勢の出迎え、ありがとな。そっか。みんな食事班かぁ。相変わらずいいにおいがしてくるな。楽しみだけど、俺の分のごはんってあるかい」
 アルムが尋ねると、年長組の少年が更に笑顔を乗せて答えた。
「大丈夫ですよ。シスターがいつ戻ってきてもいいようにいつも一人分多く作りなさいと言ってくれていましたから」
「そうかぁ。よかった。そしたら俺も手伝うかぁ」
 やったぁと喜ぶ子供達と共に台所に入ろうとしたアルムは年長組の少年に尋ねた。
「そういえば、マルベリーはどこにいるんだ? あいつ、きちんとここで過ごせてたようだったかい」
「マルベリーちゃんなら、きっとまだ修道院だよ! すごかったんだよ。修道院に来てた病気の人を治しちゃったんだよ!」
 年長組の少年を遮ってアルムの質問に答えたのは、玄関が騒がしくなったため、作業場から様子を見に来たエルジュだった。少年は説明をエルジュに任せて台所に入り、子供達に食事の支度の続きを促した。
「お帰りなさい!」
 改めて挨拶をしてくれるエルジュにアルムも「ただいま」と答える。
「そうかぁ。マルベリーの仕事は結局薬師の関係になったんだな」
「うん。手を切ったルフトの手当てとかをやってくれてね。本当に偉かったんだよ! あたし、見てるだけだったもん。マルベリーちゃんってすごいね」
 嬉々として様子を話してくれるエルジュ。それを聞いて、アルムはやっぱりマルベリーを孤児院に預けて良かったと思っていた。
「たぶんもうすぐ戻ってくると思うよ。いつも晩ごはんの鐘が鳴る前には戻ってきてたから。ごはんの時に、病気の人がどのくらい良くなったかとかをお話してくれるんだよ」
「そうかぁ。よかった。心配しなくてもマルベリーはマルベリーでしっかり過ごせてたってことだな」
 アルムは微笑んで、玄関に荷物を置いたまま、食事を作る手伝いをするため台所に入ろうとしたが、ばたんと強く戸が開く音がしたためエルジュと共に音のした方向を眺める。
「マルベリー!」
「マルベリーちゃん!」
そこにはショルダーバッグを両腕に抱え、ずっと走ってきたのか息を切らせたマルベリーがいた。その顔は青く、額には汗も浮き出ている。
「どうしたんだよ」
「修道院で何かあったの?」
 エルフの少女のただならない様子にアルムとエルジュも困惑気味だが、ひとまず落ち着かせようと優しく声をかける。マルベリーはその声を聞いてようやく目の前にアルムがいると気づき、よろよろと傍へ近寄って抱きついた。ショルダーバッグが手から離れ、中に入っている瓶がかちゃりと音を立てる。途端に肩がずっしりと重くなり一瞬マルベリーがよろけたが、アルムが両肩に手を当てて支えた。
「なぁマルベリー。ゆっくりでいいから、何があったのか話してごらん。な?」
 心配そうな表情のエルジュも、どうしたらいいのかわからずそのまま立ち尽くしている。もしかしたらシスターを呼んだ方がいいかもしれないと思っていたが、ひとまず話を聞いてからにしようと考え、マルベリーをしっかりと見つめていた。
 マルベリーは孤児院にアルムが戻ってきていたことに驚いたが、それでもとても安心できた。アルムに背中をぽんぽんと軽く叩かれ、徐々に落ち着きを取り戻す。なんとか早く先程見てきた様子を伝えようと気を振り絞って顔を上げ、アルムと目線を合わせた。

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