すごく心地良い感じだね。
表情もとっても穏やかな感じがするよ。
うん。本当に。いい場所だよね。
このままいけば、きっと大丈夫だよ。
人間っていい人もたくさんいるんだね。
私も少しずつわかってきた感じがするよ。
前はすごく嫌だと思っていたけど。
そうだね。もちろん全員ではないけど
こういう人たちがいるってわかるだけでも
とっても安心できるものだよ。
これから先がどうなるかはまだわからないけど
お互い無事に会うことができるといいよね。
孤児院には20人ほどの子供達がいた。年齢はばらばらで、アルムと同じくらいの年に見える人から幼児くらい。乳児は現在いないようで、全員ある程度のコミュニケーションを取ることができ、そしてそれぞれが仕事を受け持っていた。
現在の時間は夕食時の仕事に行っているレルムやルフトの他、数人が留守にしているそうだが、ほとんどの子供達は孤児院に戻ってきており、みんなで夕食の支度を行っている。
シスターファルに連れられて台所へ入ってきたマルベリーとアルムを見て孤児達は一瞬料理の手を止めたが、すぐににこやかに「こんばんは」などと挨拶をしてくれる声があちこちから聞こえてきた。
「みんな、今日はこのお二人がこちらにお泊りすることになりました。仲良くしてちょうだいね」
シスターの紹介により、子供達の目が一斉に二人に向く。マルベリーは緊張して背筋をぴんと正したが、アルムはずっとにこやかに立っていた。小さなエルフの後ろに回りその肩に両手を置く。
「俺はアルム。今日はここでお世話になるよ。よろしくな」
アルムの自己紹介に、辺りから「よろしく!」という声が聞こえてくる。二人を見つめる周りの顔はとても輝いていた。その中にはやはりマルベリーの長い耳が気になる子もいて、自分の丸い耳を無意識に触ったりしている。
「そしてこいつはマルベリーっていうんだ。人間じゃなくてエルフっていう種族なんだよ。みんな知ってるかな」
「知ってるよ! シスターが教えてくれたもん。人間と比べて長生きなんだよね」
アルムの声に素早く手を挙げて子供の一人が反応してくれる。マルベリーと同じくらいの背丈の元気そうな女の子だった。
「そうそう。でも基本的には人間と変わんないよ。それで、こいつはちょっと人見知りなところがあるけど、あまり気にしないでやってな。……ほら」
最後に乗せていた手で両肩を軽く叩き同行者に挨拶を促す。マルベリーは改めて姿勢を整え、目が少し泳いではいるが、なんとか前を向いた。
「あ、えっと、マルベリーです。よろしくお願いします」
頭を身体が直角になるくらいまで下げ、そして元に戻す。マルベリーを覗き込む数多くの笑顔が温かく迎えてくれていて、マルベリーも笑顔で返そうとにこりと微笑んでみた。
一通り自己紹介が終わり、子供達はまた料理を作る手を動かす。マルベリーは、その様子をもの珍しそうに眺めていた。
「お前って、料理したことないんだっけ」
アルムも子供達を眺めながらマルベリーに尋ねる。今まで一緒に旅をしてきたが、ずっと宿屋に泊まったり食堂で食事を摂ったりしていたため料理を作ることはなかった。しかしこれからは必要になる時も来るだろう。アルムはもちろん自分で作ることはできるが、できれば人が作った物を食べたいと思うのだ。それでも、今までの様子を見ているとそれは無理そうだと思っていた。
「はい。母さんの料理を手伝うことはありますが、自分で作ったことはないです。元々あまり食事は摂りませんし」
少し俯いてマルベリーが答える。マルベリーにとっては料理の知識よりも薬草の知識などを得る方がよっぽど大事なのだ。食事を摂ることにも無頓着であるし、その気になれば抜くこともできる。アルムにとっては考えられないことだろう。
「やっぱり。そうだろうと思ったよ。お前もここの子達みたいに何度も作ってみないとずっと上手くはならないだろうなぁ」
子供達は普段からこうしてみんなで料理をしているのか、慣れた手つきで作業を行っている。だが、その中で何人か手元がおぼつかない子もいた。比較的年上層の子がフォローするようにしているようで、不器用な子の方へ何度か目を向けていた。それでも。
「危ないっ!」
咄嗟にアルムが駆け出しその子が持っていたフライパンを奪い取る。年上の子が一瞬目を放した隙に力が入らなくなってしまったのかふっと取っ手から手が離れ、中身ごと床に落ちてしまいそうだったのだ。
「ふぅ。危ない危ない。せっかく美味そうなもの作ってるんだから、落としちゃもったいないよ」
一瞬で途端に張り詰めた空気が、アルムの活躍によって穏やかになる。全く動くことのできなかった子達からは「すごい」という声も上がっていた。
先程フライパンを持っていた子にもう一度しっかりと握らせようとしたアルムはふと手を止めた。今まで全く気づいていなかったが、その子供が差し出した手は左手だったのだ。
「左利きなのかい」
アルムが少し腰を屈めて相手と目線を合わせて言う。その子はアルムの胸くらいの身長の少年だったが、手足が非常に細く、おまけに肌も白いため、女の子と間違えてしまいそうだった。
「リトは右手が使えないの。動かないんだよ。だから左手なの。少しでも左手に力をつけなくちゃねって、なるべく重いものを持つようにしてるんだよ」
リトと呼ばれた少年の横からひょっこりと女の子が出てきて教えてくれる。その子は先程アルムとマルベリーが挨拶をした時に、エルフについて「知ってるよ!」と声をかけてくれた子だった。
「なるほどなぁ。でも、重い時は何度か置いて休んでもいいんだよ。一度に全部ができるようになるわけないし、無理しすぎると今みたいなことになるから」
そう言ってもう一度しっかりと握らせる。リトと呼ばれた少年はアルムをしっかりと見つめ、こくりと頷いた。アルムもその様子を見て満足したのか頷いてマルベリーの隣に戻る。
「よく間に合いましたね。私だったら行動がのろいから絶対に無理そうです」
マルベリーは呆けた表情でアルムに呟く。マルベリーの場合は危険だと気付くのにも通常よりスピードが遅いという自覚があるのだ。
「だって、あと少しで完成だってのに落としたら本当にもったいないじゃんか。また一からやり直さないといけないし。失敗もしないと成長もしないけど、この場合はちょっとなって思ったんだよ」
「そうなんですか」
マルベリーは頷く。一緒にいて実感しているが、アルムは周りにそうとは感じさせないけれどもいつも周りをよく見ており、そして気遣っている。そのため、咄嗟の時にも最善の判断ができるのだろう。マルベリーはその度にアルムを尊敬し、そして自分もそうなれるようになりたいと思う。
「そうそう。俺ってこう見えて実はおせっかいだから、ああいうのを見てると放っておけないんだよ。本当は料理を代わってやろうかとも思ったんだけどさ、それはここではしちゃいけないことだから」
孤児院にいる子供達にとって重要なことは、自立すること。世話をしてくれる人がいない中で生活するためには、自分でなんとかするしかない。そんな状態で無責任に手助けをしてしまい、それに子供達が慣れてしまったら、手助けがなくなってしまった場合に全く動けなくなってしまう。特にリトにとっては右手が使えないというハンデまである。それを乗り越えなければならない。
マルベリーはアルムからの言葉を聞いて、自分はどうだろうと振り返ってみるととても恥ずかしくなってしまった。
今の両親に拾われる前の記憶は全くないが、少なくともマルベリーは孤児院の子達ほど自立のために努力をしたことはないだろう。生活の面倒は全て両親が見てくれていたし、以前は全く見えなかった目も、これまたずっと傍にいてくれている風の精霊シルフィードが伝えて補ってくれていた。今は眼鏡があるため特に困らずに辺りを見ることができている。
そして、何より現在も既にアルムという協力者を手に入れている。アルムがいなければ旅に出ることはできなかっただろうし、村の外へ出ても何もすることができなかっただろう。今もとにかく頼りっぱなしなのだ。
マルベリーがそのお礼としてアルムに何かできているかといえば、少し擦りむいた腕に傷薬を調合して塗ってあげたくらいしかないのではないだろうかと思う。
孤児院の子供達は、成人になって一人立ちするその日まで、ずっとそのための努力を惜しんでいない。自分でできることを探し、それについて少しずつ努力をしている。それに比べて自分はどうだろうと思うと、マルベリーはこのままずっとアルムから一方的にお世話になってばかりなのではないかという思いがどんどんと湧き出てきて自分が情けなくなってしまった。
「どうした?」
アルムが徐々に下を向いていくマルベリーに気付いた。
「私、ここにいる人達と比べたら、全然ですね。私には何もできない」
「あぁ、そんなことか」
近くにいないと聞こえないくらいの小さな声でぽつりとマルベリーは呟く。そしてそれを聞いたアルムは傍にいる小さなエルフの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「人にはそれぞれ向き不向きがあるって前にも言ったろ? そりゃできるに越したことはないけど、どんなに頑張ってもできないことだってある。でも、その代わりに人ができないことを自分ができるかもしれないだろ。マルベリーにとってそれは薬草に関することかな」
「はい」
マルベリーは頷いて、アルムに話の続きを促す。
「だからそれについてもっと勉強したら、傷薬を売ったり、治療をしたりして仕事にできるってことだろ。それが自立に繋がるんだ。結局は自分で自分の世話ができればいいんだから、料理ができなくても料理が得意な人のところでお金出して食べたりしたらいいんだ。村の外に一人で出るのが怖いなら、旅慣れてる人に報酬出して守ってもらったっていいんだよ。そうしてみんな生活してるもんなんだ」
マルベリーはアルムの言葉を聞いてなるほどと思った。人々は皆自分の得意分野を生かして、それを生業として生活している。今はまだ師匠である父親にはかなわないけれど、もう少し自分の腕に自信が持てるようになったら仕事として稼ぐことができるようになるかもしれない。そしてそうすることによって更に自立へと近づけていけばいいのだ。
「わかりました。私、頑張ります」
アルムはようやく元気を取り戻したマルベリーを見てまたにっこりと笑った。
「そうそう。俺は得意なものが剣だから生傷は絶えないし、元々マルベリーと一緒に旅をしてるんだって自分からしたいって思ってるんだから、そんなに気にしないでいいよ。好意には素直に甘えるのも要領よく生きるコツってことだな」
マルベリーもアルムに向かって微笑んだ。
「そうですね。わかりました。ありがとうございます」
「ごはんできたよ!」
子供達が声をかけてくれる。マルベリーとアルムが話をしている間に料理はどんどんと進んでいたらしい。食器を並べるくらいはできるため、二人も手伝い、みんなで使っている部屋の大部分を占める大きなテーブルは途端に多くの食器で埋め尽くされた。準備が整い、仕事に行っていて不在のメンバー以外は皆席に着き、鐘が鳴るのを待つ。
座席は、マルベリーとアルムが隣り合わせで座り、アルムの右隣はリト、マルベリーの左隣はマルベリーと背丈が同じくらいの元気な少女だった。
「お嬢ちゃんの名前は何ていうんだい」
アルムが尋ねるとぱっと目を見開き明るい表情をして「あたしはエルジュ!」と答えてくれた。
「リトは滅多にお話しないから、あたしが代わりにお話してるんだよ」
エルジュはリトが孤児院にやってきて最初に友達になった子だが、初めはものすごく人見知りが激しかったらしい。
「マルベリーとどっちが人見知りかな」
思わず呟いたアルムにマルベリーは頬をいっぱいに膨らまして抗議した。
「ひどいです。でも確かに事実ですね」
「えー。マルベリーちゃんの方が大丈夫だよ。だってリトってば今までまだ一回も喋ってないんだもん」
エルジュの言葉にアルムはものすごく納得したようだった。
「そういえばそうだなぁ。俺まだリトの声聞いてないや」
マルベリーとアルム、そしてエルジュの三人に急に見つめられて、リトは答えに迷うような、困ったような表情をしていた。
「あはははは。でも、リトはアルム……さんに、すっごく懐いてるよ!」
「アルムでいいよ。そうなのかい。ありがとうな」
前半はエルジュに、そして後半はリトに向かってアルムが答える。いつもマルベリーにやっているようにリトの頭を優しくぽんぽんと叩いた。
がらんがらーん。がらんがらーん。
この街に来てから二度目の鐘が鳴った。夕食時間の合図。シスターの号令により一斉に「いただきます」と挨拶し食べ始める。アルムにとっては至福の時間の始まり。今日のメニューは野菜の炒め物とごはん、そしてスープ。
「美味い! うんうん。やっぱり腹ペコになるまで思いっきり待たされた後のごはんだから更に美味しく感じるよ」
満面の笑顔で本当に幸せそうに箸を動かすアルムを見ていると、自然にその周りも笑顔になってしまう。マルベリーは今回のメニューが自分の好みのものということもあるが、いつも以上にこの食事時間が幸せだと思えた。
「そういえば、マルベリー、俺達はどうしようか」
一通り自分の割り当てられた分の食事を終え、落ち着いたアルムがふと尋ねる。マルベリーは一瞬何を言われたのか理解できずに食事の手を止め首を傾げた。
「ほら、ここの孤児院って、今日泊まらせてもらったりする代わりに何か仕事をするって言っただろ。俺達は何をしようかって」
アルムの言っていることになるほどと理解はしたものの、今度は質問の答えをどうしようかと考え、軽く目線を上に泳がせる。マルベリーにできることといえば、簡単な家事くらいだろうと思う。
「お掃除……でしょうか」
まだ目線を上へ向いたまま答える。それを聞いてアルムも軽く頷いた。
「そうだなぁ。そうしようか」
「本当にお料理はだめですか? アルムの手際の良さを是非子供達に教えて頂きたいのですが」
食事を摂りながらもにこやかに子供達の様子を眺めていたシスターがアルムに目を向ける。アルムは左手を軽く頭に当ててどうしようかと悩んでいるようだった。
「うーん。そうですねぇ……。自分で作るのはあまり好きではないですが、実はシスターに頼みたいことがあるので、その分として作りますか。もちろん泊まらせてもらうお礼に掃除もしますけど」
少し経ってから考えをまとめて報告する。それを聞いたシスターは笑顔の度合いを更に強めた。
「わがままを言ってしまってごめんなさいね。でも、ここの子達には必ずプラスになることだと思うの」
「俺、前にここに来た時に、確かもうここにいて、ごはん食べたことあります。すごく美味かったことしか記憶にないですが」
シスターの席の近くで年少組の面倒を見ながら食事を摂っていた青年が言う。アルムより少し年下くらいだろう。あと少しで孤児院を出ることになる年齢のように思う。
「俺の料理は母親譲りなんだ。家族が多いからかなり鍛えられたね」
「そうなんだ。楽しみ!」
今度はエルジュが声を張り上げる。他の子供達も明日が待ち遠しい気持ちでアルムを眺めていた。
「よっしゃ。それじゃ明日の朝は期待してくれよ。後で今どの材料があるか聞きに行くから。あとはどんなふうに料理するか知りたい子達は明日朝起きる鐘が鳴ったら台所へ集合な」
「はーい」
アルムの呼びかけに子供達はとても元気に答えた。
「そしてシスター、後で相談に行きますんで」
アルムは自分のお願い事をアピールすることも忘れなかった。
食事時間が終わり、後片付けが終わってもまだマルベリーとアルム、そしてシスターは台所にいた。夕食時の手伝いに行っているレルムやルフト達を待っていたためだ。しばらくして二、三人の子供達が孤児院に戻って来て食事を摂っていたが、レルムとルフトが戻ってきたのは一番最後だった。
「わぁい。マルベリーちゃん! いらっしゃい!」
視線の中に小さなエルフを見つけてレルムが駆け寄り、またぎゅっと抱きしめる。マルベリーは今度は二度目だったため固まらずにおとなしく腕の中に収まっていた。ルフトはアルムを見つけ軽く会釈をする。
「二人ともお帰りなさい」
シスターが鍋に残っていた料理を食器に盛り付けし、二人が座った場所に並べた。
「いただきます」
二人の少し遅い夕食時間が始まった。マルベリーは既にレルムとルフトは安全な人間というふうにインプットしているため、かなりリラックスしているようだ。特にレルムには他の人以上に懐いていて、レルムと目線が絡む度ににこりと微笑んでいる。
アルムはそんなマルベリーの様子をとても微笑ましく眺めていた。ここは安全だとはいえ、今まで話をしたことのない子供達が数多くいた先程の食事時間はやはり気を張り詰めていたのだろう。特にマルベリーが育った村では同じような年齢の子供達が毎日危害を加えてきたりしていたのだから。
「いい雰囲気だねぇ」
ゆったりと深く椅子に腰掛けてアルムが呟く。
「なぁマルベリー。ここの子達とは仲良くやっていけそうかい」
アルムの問いかけに、マルベリーは首を前後に動かし答えた。
「はい。ここだったら私にとって危険なことはかなり少ないような気がします」
「そっかぁ」
アルムは満足げにまた頷いた。
レルムとルフトが帰ってくる前に同じ場所で食事をしていた子供達は、いつの間にか後片付けをして共同の寝室へ戻っていたようで、気がつけば今台所にはシスターファルとマルベリー、アルム、そしてレルムとルフトしか残っていなかった。
「そしたら今言ってもいいかな」
アルムが軽く呟き、シスターへと目線を向ける。
「先程相談したいと言われていたことですか?」
シスターもアルムの意図を読み取り答える。
「そうです。頼みたいことがありまして」
その場に残っていた全員がアルムの言葉に耳を傾けた。
「実は、マルベリーを一週間くらいここで預かって欲しいんです」
「えっ?」
最も早く反応したのはやはりマルベリーだった。預けるということは、しばらくの間マルベリーはこの孤児院に残り、アルムはどこかへ出かける用事があるということなのだろう。思わず不安そうな表情をしてしまう。
「そんなことでしたか。相談ということだったので、どんなことを言われるのかと思っていましたよ。もちろんかまいませんよ。ただ、ここにいるということは必ず何らかのお仕事をして頂くことにはなりますが」
シスターはたいしたことではないというように軽く答える。そしてレルムとルフトはそれぞれ顔を見合わせて微笑んだ。マルベリーがしばらくの間ここにいることは二人にとっては嬉しいことらしい。
「はい。こいつは世間知らずなんで、いろんなことを教えてやって下さい」
アルムの意思はもう既に固まっているようだ。マルベリーにとっては旅に出てから保護者の目の届かない場所にいるという初めての経験をすることになる。
アルムも確かにマルベリーを見ていて心配だとは思う。まだ会話もぎこちないし、通常であればもう少しの期間は一緒にいてあげるべきだろう。だが、この孤児院はアルムにとって最善の場所だろうと思っていたし、何より一度離れなければならない理由があるのだ。
「マルベリー、すまないけどしばらくここにいてくれないかい」
アルムが小さなエルフの頭を撫でて尋ねる。マルベリーはまだ気持ちが固まっていないのか目線が泳いでいる。
「悪い。実はな……」
アルムはマルベリーに正面を向かせ、目をじっと見つめながらきっぱりと言った。
「俺達にはもう、所持金が残り少ない」
「……え? は、はい」
今のマルベリーは答えるのにただ精一杯のようだ。アルムは更に言葉を続ける。
「つまり、稼がないといけないんだ。でも、俺の仕事は傭兵やら護衛やらだから、お前を連れて行くわけにはいかないんだよ」
確かに小さな子供つきでボディーガードしますなどと言っても説得力に欠けるだろう。危険を伴う仕事のため、マルベリーが一緒にいるとそちらにも気を遣わねばならず、集中力が続かなくなる恐れがある。
「さすがに野宿ってわけにもいかないだろ。夜は暗いし、今はほとんど安全な人達ばかりだけど、全員がいい人じゃないから。毎日の宿代もけっこうかかるんだよ」
アルムはおそらく一人旅だったとしたら平気で野宿をしたりしているのだろう。もちろん食費はかかるが、所持金が少ない場合は不服ながらも自分で作ったりして節約しているはずだ。だが、マルベリーが一緒にいる中での野宿は危険だし、できることなら安全に旅を進めていければと思っていたため、危険な方法を取ることは避けていた。そのため、予想以上に出費が多くなってしまっていたのだ。
「だから、うまくいけば二、三日で戻って来られるけど、たぶん一週間くらいはかかると思う」
説明を聞いたマルベリーは、やはり自分は足手まといなんだと実感する。だが、先程も一緒にいて迷惑ではないと言ってくれていた。申し訳ない気持ちはものすごくあるが、今はその好意に甘えたいと思う。そして、アルムはここにいてくれないかと頼んでいるのだから、これは素直に従うべきだ。それが最善のことだし、マルベリーにできる数少ないことなのだ。
「大丈夫か? いい子でいられるか? ここの人たちはみんないい人だってことはわかるだろ」
「はい」
突然街中に置いてけぼりにされるのならともかく、マルベリーにとってもこの孤児院は居心地のいい場所だと感じていた。ここにいるのだったら少しは耐えられるだろう。
「わかりました。頑張ります。よろしくお願いします」
「そっかぁ。よかった。ありがとうな」
アルムはにこやかに微笑み、またマルベリーの頭を撫でた。
「ということで、よろしく頼むな」
アルムはレルム、ルフトに対しても声をかけた。
「もっちろんですよ! マルベリーちゃんがここにいてくれるのは、私にとっても嬉しいことですよ。ねぇ?」
レルムがルフトに同意を求め、ルフトも「そうですよ」と頷く。
「アルムさんがいない間、俺達が責任を持って守らせて頂きますよ。他にも年長組はいますし、みんなで手分けしてなんとかできます」
頼もしいルフトの返事を聞いて、アルムも満足げに微笑んだ。
「ありがとうな。頼むよ。マルベリーにとっては人間に慣れるいい機会だし、俺も仕事ができるし、これぞ一石二鳥ってやつだな」
そしてまたマルベリーに目線を戻した。
「それじゃ、これから今日はぐっすり寝て、明日の朝に俺は食事の支度をして、ごはんの後二人でここを掃除しような。そうしてから出かけるから、後は俺が戻って来るまで孤児院で仕事をしながら待っててな」
マルベリーは自分の手の指を何本か順番に曲げ、手順を確認しているようだったが、その後再び顔を上げて微笑んだ。
「わかりました」
マルベリーにとって不安がないとは言い切れない。だが、レルムとルフトは信用できると思ったし、シスターの目も孤児院内では行き届くだろう。危険なことはほぼ起こらないだろうとも思えた。せっかくの機会であるし、この経験を元にまた人間に対する抵抗力がつけばと期待を持つこともできていた。
何より、この孤児院で今できることを少しずつ実行している子供達に触発され、マルベリーも更に向上心を持って生活していくいいきっかけになればと考えていたのだった。