なんだかここは他と違う気がする。
どうしてだろう。とても温かく感じるよ。
そうだね。過ごしやすそうな街だね。
今までとはちょっと雰囲気が違うみたい。
ねえ、もしかしたら、ここでだったら。
気を張らないでいられるようになれるかな。
うん。そうだよ。だって僕たちは
そうなって欲しいから今こうしているんだもん。
こういう機会を見つけて頑張っていかなくちゃ。
これからの道が少しずつ明るくなってきたかも。
目的地へ向かうために、もっと強くなれるように
私も応援していきたいな。
マルベリーとアルムが次にやってきた街は、なんだかとても厳かな雰囲気を漂わせていた。今までいた場所とは違い、造りも少々特殊なように感じる。辺りに立ち並んでいる家それぞれは普通なのだが、屋根の上に十字架が形作られている大きな建物が外れにあり、それが街の入り口からでもとてもよく目立つのだ。
「ここは、なんだか不思議な街ですね」
マルベリーが思わず呟いてしまう。目線はやはり、街外れに見える大きな十字架だった。
「あぁ。ここの街には孤児院を兼ねた修道院があるんだよ。なんだか街の人達が協力的らしくて、寄付金と、残りは自分たちの賄いで運営してるんだってさ」
「孤児院と、修道院、ですか……」
アルムがマルベリーの頭をまたぐしゃぐしゃと撫でる。そして同じく街の奥にある十字架を眺めた。今日は天気が良く青空に囲まれている鉄製のそれは、太陽の光に照らされてきらきらと輝いていた。
「そう。ここには絶対寄ろうって思ってたんだよな。マルベリーみたいな子がたくさんいるんだ。この街の雰囲気全体も優しくて俺は好きだし、ここでだったら今までの常識をかなり変えることができるんじゃないかなって思うんだよ」
アルムの穏やかな笑顔は人を安心させる作用を持っている。マルベリーもつられて思わず笑顔になっていた。
「そうなんですかっ。楽しみですね」
相手からの返事を受け、アルムは小さなエルフの手を握り歩き出す。その目線は何か新たな食物が売られている場所を探していた。
街全体としてはとても小さなもので、入り口付近にある住宅地、中心にある商店街、そして奥にある修道院といった配置だが、修道院まで辿り着くのにそんなに多くの時間は必要ないようだった。
この街へ着いた時間がちょうど昼頃だったため、ひとまず一通り住宅地の様子を眺めた後商店街の一角にあった食堂で昼食を摂ることにした。アルム曰く、以前は違う食堂で食べたから今度は違うところで食べたかったとのことらしい。
中に入ると、店内には意外と誰も人がいなかった。時間的には混んでいておかしくないため、マルベリーは辺りを見渡し今日はお休みなのかと少し躊躇する。しかし看板には「開店中」の表示が確かにあった。頭を巡らせている間にアルムに背中を押されてカウンターの隅に座る。
「こんにちはっ」
アルムが店の奥に向かって軽快な挨拶を飛ばす。静かな状態が続いていたが、少ししてからばたばたと音がして店員が走って来た。白の服に帽子を被った背の高い男性。ここの調理人のようだが一人しかいないため、この人がマスターなのだろう。
「おやおや。申し訳ない。こんな時間にお客様が来るとは思っていなかったから、つい油断をしてしまったよ」
マルベリーとアルムは思わず顔を見合わせてしまった。今は確かに少し早いかもしれないが、それでもこの時間に昼食を摂る人もいるだろう。
「そういえば、確かに誰もお客がいないみたいだけど」
アルムが尋ねる。それを受けてマスターが窓の外を指差しながら答えた。
「この街では日に五回修道院の鐘が鳴ってね。始めと最後は起床、就寝時間、そして間の三回は食事時間の知らせになっていて、まだ今日の三度目の鐘は鳴ってないってわけだ。……ちょっと失礼」
そう言ってカウンター奥の調理場へ入って行った。料理の仕込みの途中だったのだろう。
聞いていた二人はそれを聞いて納得し、頷いた。
「なるほど。前にこの街に来た時は食堂がやけに混んでるなあって思ってたんだけど、その頃はちょうど鐘が鳴ったばかりの時間だったってことかな」
カウンター奥から声が響いてくる。
「そうかもしれないな。ひとまずこの街では規則正しい生活を送ろうってことになってんだ。これも修道院の影響かもしれないが」
辺りに人がいないためマルベリーもリラックスしているのか笑顔で店内に飾られている絵や張り紙などを眺めていた。マスターがその様子を奥から見る。
「そういえば、あんたずいぶん可愛い子連れてるじゃないか」
突然マルベリーの話になったため、背筋を伸ばして緊張する。アルムはそんなエルフの背中を軽くぽんぽんと叩いた。
「可愛いだろ。訳ありでしばらく預かってるんだ。ちょっと人見知りだから気をつけてやってな」
喉が渇いたとアルムは椅子から立ち上がり厨房の入り口まで進んだ。
「ちょっとお邪魔するよ」
一声かけて中に入り、グラスを勝手に引き抜きポットから水を……入れようとしたが、中は空だった。
「マスター、水欲しいんだけど入ってないよ。水瓶の中かい?」
ポットを逆さにしてマスターに尋ねる。マスターは厨房に掛けられている柱時計を眺めた。
「水瓶の中に水は入ってるが、これは仕込みに使うものだからちょっとだめだな。あと少し経ったら手伝いが二人来るから、それまで待ってくれ。いつもそいつらに水汲みと店内の掃除を頼んでるんだよ」
「うわー。ごはんも待つのに水も待つのか。そしたら俺が汲んでこようか?」
ひとまずポットは元の位置に戻し尋ねる。マスターは仕込みの手を止めて振り返り、笑顔ではあるが静かに言った。
「いや。それはいい。あいつらの仕事を取らないでやってくれ。これから来る二人は修道院の孤児達で、それぞれの子達が稼ぐ金が大きく役立ってんだ」
アルムはそれを聞いて素直に頷く。
「そういうことなら無理は言わないよ。俺だって自分の仕事が取られれば腹立つし。稼げなくなっちゃうもんな」
取り出したコップも元の位置に戻して、カウンターの先程座っていた席に戻る。マルベリーはそんなアルムを見てきょとんとしていた。
「腹減ったよ。さっきの店でなんでもいいから食べ物買ってくればよかった! 早く鐘鳴ってくれー。……そういえば、先に注文はしてていいのかい」
アルムが再びマスターに尋ねる。今度は仕込みをしながらの返事だった。
「それもすまないが待ってくれ。……大丈夫。きちんと鐘が鳴る前に来るから」
アルムは座ったままテーブルに突っ伏した。
「はぁ。だめだ。腹が減り過ぎて力が出ない。今から買いに行く気力もないや。食べ終わったら晩飯に備えて商店街の店でパンとお菓子買い占めるぞっ」
「は、はい」
なんとか起き上がって右手で握りこぶしを作り、マルベリーに言う。それを見たマスターが厨房内で大声を出して笑っていた。
アルムが空腹のため力尽き、カウンターで居眠りをしている様子をマルベリーはじっと見ていた。小さなエルフは元々小食な上に食事を多少摂らなくても体力がなくなるとか、そういうことはない。太陽の光に当たるだけでもおなかがいっぱいになるような感覚がある。どうしてなのかはわからないけれど。
マルベリーの保護者をしている人の寝顔は、自分よりも年上で成長が早い人間ではあるけれどずいぶん幼いように見える。その行動と顔の作りがそう見せているのかもしれない。
それでもマルベリーは何度かそういった雰囲気をなくしたアルムを見たことがある。その時は怖いと感じた。本気になった時だ。
背にある長い長剣も、マルベリーがいる時には使われているのを見たことがないが、かなり使い込まれていると感じられた。おそらく今は比較的安全な道を選んで進んでくれているのだろうと思うが、いつかはそれも見る時が来るだろう。旅をするにあたってあらかじめ覚悟はしていたけれど、改めて思うと少し身体が震えた。両手で自分自身を抱きしめる。
「こんにちは!」
「お届けものです」
やがて店内に明るい声が響いた。マルベリーは振り返ってその人達を見ようとしたが、アルムが起き上がる方が早かった。
「やっと来てくれたな。もう俺腹が減って大変だよ。鐘が鳴ったらすぐ食事が出てくるように先に注文取ってくれー」
「わぁっ。今日はずいぶん早いお客様がいるんですね」
少女が店内にいる二人を見て驚く。ぱっと見た辺りではマルベリーよりも頭一つ分くらい大きく、十代半ばといった感じの少年と少女が一人ずつ入り口に立っていた。少年の方は両手に一つの箱を抱えている。
「旅人さんだから、鐘のことを知らなかったんだよ」
マスターが厨房から手を拭きつつ出てきた。少年の持っている箱の中身を確認し、紙にサインを書いている。
「それだってなぁ。開店中って看板には書いてあったし、てっきりすぐごはんが食べられるんだろうと思ってたんだけどなぁ」
「え?」
アルムの言葉に少女が外に出て確認をする。後ろで一つにまとめられている長い髪の毛がさらりと翻った。そしてダッシュで戻ってきてマスターに詰め寄る。
「マスター! 開店中の看板は鐘が鳴るまで「準備中」にしておいて下さいって何度も言ってたじゃないですかぁ! 前も旅人さんが鐘の時間前に来て、散々文句言われたんですよ!」
「いや、だって旅人さんが来ることってあんまりないから、つい」
少女は威勢がよく、マスターの方がなぜか押され気味だった。
「あはははは。まぁそれはいいから、準備に入ってよ。もう、あまりにも待ちすぎて思わずでしゃばりそうになっちゃったんだよな」
アルムが二人に準備を促す。少女ははっとして両手を胸の前で一度叩いた。
「そうでした。早くしないと鐘が鳴っちゃう。そしたら失礼しますね」
少女は持ってきたエプロンを身に着け、店の奥へ一度進んだ後、掃除用具を持って戻ってきた。
「そうしたら俺も水汲みに行くついでにこの伝票置いて来ますので」
そう言って厨房の大きな桶二つを片手で持ち上げ運んでいった。
「すごいですね……」
思わずマルベリーが呟く。アルムは「どうした?」と話の続きを求めた。
「あんなに大きな桶を片手で軽々と持つなんて」
先程の少年のことを言っているらしい。確かに持って行った二つの桶は、それだけでマルベリーの胸の辺りまである大きさの水瓶がいっぱいになるだろうというくらいの大きさだった。
「あれで驚くのはまだ早いよ。桶だけだったらそんなに重くないから。これで水がいっぱいに入るとすっごく大変なんだよ。俺でもふらふらするかも」
なるほどとマルベリーが頷く。
「水汲み、したことあるんですか?」
「おいおい。当たり前だろ。水汲みはとっても大切な仕事なんだぞ。俺も実家にいた頃は毎日それの繰り返しだったよ」
マルベリーはそれを聞いて考え込む。今目の前にいるアルムも、そして先程出て行った少年も、共に見た目からは力があるようには見えない。二人ともとても細い腕をしていたからだ。それでもそんな重労働に耐えられる力があるとは。
「すごいですね……」
もう一度呟く。アルムはその言葉に笑顔を見せた。
「まぁ、慣れだよ慣れ。俺だって始めは一つ運ぶのも大変だったし。何度かやることで力も自然についてくるんだよ」
そしてマルベリーは店内をモップで掃除している少女を見る。やがてそれも終わり、テーブルや椅子をきれいに並べていた。
「まぁ、働いて金をもらうってことはそういうことだな。お前の父さんだって、薬師で稼いでるんだろ。薬師は力はいらないけどその分知識がいる。その辺りは俺にはさっぱりわからないところだよ」
そう言ってマルベリーの頭を撫でた。
店内がきれいに片付いた頃、桶を両手に持った少年が戻ってきた。中には水がたっぷりと入っておりかなり重そうではあったが、足取りはしっかりとしている。
水瓶の中に水を入れると、少年は少女でも片手で持てそうな大きさの桶に水を入れ、店内に持ってきた。少女はそれを受け取り、布巾を水に浸してテーブルやカウンターなどを拭く。
「あ、あなた、エルフだったのね。こっちの人の影にいたから気づかなかったよ」
少女がカウンターを拭いている時に、そこに座っていたマルベリーを見つけて声をかける。マルベリーはまた一瞬固まったが、その声が明るかったため少女となんとか目線を合わせた。
少女は小さなエルフの眼鏡の中を覗き込み、にこりと微笑んだ。
「可愛いねっ! 小さいし。ぽわぽわしてる」
そして布巾をカウンターに乗せたままぎゅっと抱きしめてくる。マルベリーは突然のことで展開についていけず目を白黒。それでも赤ん坊をあやすような感じで背中を優しく撫でられ、そして全体から感じられる温かさが少し心地良いと思えた。アルムもその少女の行動に驚いてはいたが、すぐに笑顔になる。
「あっはっは。悪いね。この子はまだちょっと人間に慣れてなくて、固まってるみたいだよ」
アルムの言葉を受けて、慌てて少女はマルベリーから身体を離した。
「あ、ごめんね! つい孤児院でやってることと同じような接し方しちゃった。泣いてる子もこうやって抱くと落ち着くんだよ」
「そ、そうなんですか……。えっと、大丈夫です」
マルベリーがなんとか返事をしたため、少女は安心をしたようだ。
「ごめんね。私全然知らなくて。エルフっていうのはシスターから話を聞いたことがあるくらいだったから、本物を見て思わず舞い上がっちゃった。だって、こんなに可愛いんだもん!」
マルベリーは少女の反応に非常に驚きながらも「ありがとうございます」と一言お礼を言った。以前の街での経験を生かし、なるべく泣き出したりなどはしないようにしようと考えていたのだが、そう思う間もなく少女のペースに乗せられてしまったのだ。怖いなどと考える時間もなく、あっという間だった。
「あたしはレルム。あっちの子はルフトって言うの。そして、あなたは?」
レルムから名乗られ、マルベリーは少女とアルムを交互に見た。アルムはマルベリーの頭を軽く叩き返事を促す。
「えっと、私は、マルベリー=フェンネルです」
「そして俺はアルム=カッツェな。レルムちゃん、名前が似ていてなんだか親近感だよ」
レルムはアルムの名前を聞いた時に思わず吹き出してしまっていた。
「そうですね。すごく似てますね。なんだか間違っちゃいそう! そして、マルベリーちゃんね。よろしくね」
そう言ってそっとマルベリーの手を握り握手をした。今度はマルベリーもそれに答える。アルムに「ほら、笑顔」と言われ、なるべく自然になるように気をつけながらも微笑んでみた。
「こいつは16歳なんだよ。レルムちゃん達と同じような年なんじゃないかなあ」
少女はそれを聞いて驚き、改めてマルベリーを覗き込んだ。
「そうなんですか! そしたら私と同い年ですよ。正確な誕生日はわからないんですが、そうじゃないかって言われてます」
今度はマルベリーが反応し、胸に手を当てつつ思い切って声をかけてみる。
「あの、正確な生年月日がわからないって……」
レルムはマルベリーに微笑んだ。その笑顔には一点の曇りもなかった。
「あのね、私は物心つく前に親に捨てられたみたいで、名前も何もかもなかったの。名前は孤児院で付けてもらって、誕生日は拾われた日ってことになってて、年だけはだいたいってことで。孤児院にいる子はほとんどがそうだよ」
重いことをこともなげに答えるレルム。もうすっかり吹っ切れているのだろう。マルベリーも物心つく前に今の両親に拾われ、自分のことに関しては全くわからない。それを探すために今旅をしているのだ。
「あの、両親のこととか、自分の本当の名前とか、そういうのは気にならないんですか?」
マルベリーが続けて質問をする。やはり興味のあることだからだろうか。初めて会う人間にここまで多く言葉を交わそうとすることは滅多にない。
「うーん。前は気にしてたこともあったんだけどね、今は全然思わないなぁ。だって私はいらない人ってことになってるから、だから捨てられたんだよね。そういう人はこっちから願い下げだよ。ここでの私は必要とされてるからね」
マルベリーはそれを聞いてしばらく考え込んでしまった。どうしたんだろうと覗き込むレルムにアルムが声をかける。
「マルベリーも、レルムちゃんみたいな境遇だからってことかな」
そしてカウンターに乗せられたままの布巾を手に取り手渡す。
「さて、そろそろ掃除屋からウェイトレスになってくれないかなぁ。まずメニューちょうだい」
がらんがらーん。がらんがらーん。
「よっしゃあ! 鐘が鳴ったぁ! これでやっと食事にありつけるよ。マスター、なるべく早めによろしく」
鐘の音が聞こえた途端にアルムが元気になった。足をぶらぶらと前後させてあと少しで来る食事時間を心待ちにしている。
「あぁ。もうすぐできるよ。……さて、これを持って行ってくれ」
前半はアルムに対して、後半は厨房に入って作業を手伝っている少年、ルフトに向けてマスターが言った。すぐに少年はトレイに何枚かのお皿を乗せ、アルムの元にやってくる。一方のレルムは鐘が鳴って一度にどっと流れ込んできたお客の御用聞きでばたばたと走り回っていた。その音も店内の喧騒にかき消される。
「本当にお待たせ致しました。どうぞ」
丁寧な手つきでカウンターにお皿を乗せる。アルムは食卓から流れる美味しそうな匂いに涎が出そうになってしまった。
「めちゃめちゃ待ったよ。ようやく食べられるな。……いただきまーす」
にやにやとしながら手を合わせ、早速食物を口に運ぶ。
「美味いっ! 我慢して待ち続けた甲斐があったよ!」
「ありがとうございます」
にこりとしてそう答える少年は、年の割に非常にしっかりしているようだった。レルムよりは年上なのかもしれない。
「ルフトって言ってたっけ。いつからこの仕事してるんだ?」
アルムが尋ねる。食べながら口を動かしていたためもごもごとしていたが、少年には聞き取れたようだ。
「この食堂に勤めてからは、もう三年になります。そろそろ新しい仕事との切り替え時期だなって言われてますね」
「ずっと同じ仕事を続けているわけではないんだなぁ」
一皿平らげて満足したのかアルムが一度落ち着いてコップの水を飲む。
「孤児院では子供が多くいます。そのほとんどは年齢の低い子ばかりなので、小さい頃から仕事に慣れる必要があります。全員が貴重な支え手なんです。それで、年齢や適正などを見てある程度こなせるようになったら、もっと難しい方に仕事を切り替えるんです。そして、今まで俺がやっていた仕事を次の年齢の子がやります。成年すると孤児院を出ることになるので、俺は近々出る予定の人の後を継ぐことになるかと思います」
アルムは目の前の少年と、そして額に汗をかきながらも明るく仕事をしている少女を見た。
「金を稼ぐのは大変だけど、給料もらったら嬉しいだろ。そしてもっと働こうって思うんだよな。でも、無理だけはすんなよ」
そう言われたルフトはとても爽やかな微笑みを見せた。
「ありがとうございます。俺もみんなの役に立ってるって思うと嬉しいですよ」
「ルフト、そろそろ厨房に戻って来てくれ」
長話をしてしまったのか、マスターから呼び出しがかかり、少年はしまったという顔をした。
「すみません。では、戻りますね。ごゆっくりどうぞ」
「あぁ。……あ、そうだ。後で孤児院にもお邪魔するから、よろしくな」
アルムの言葉にルフトは会釈で答え、厨房に戻っていった。
「どうだい。あの子達を見て何か思ったことはあるかい」
マルベリーはゆっくりとサラダを頬張りつつも、先程のレルムとルフトの言っていたことを何度も心の中で反芻していた。
「本当の両親の手がかりが欲しいと思う私は、弱いということなのでしょうか」
これはおそらくマルベリーの独り言だろう。考えがそのまま口に出てしまったような。
「そうとは思わないよ。どう思うかは人それぞれで、誰かが決めるわけじゃない。俺が言いたいのは、そういった影の部分も自分で認めて強くなって欲しいってこと。あと、自分のやりたいって思ったことを信念持って貫くことだな」
マルベリーは引き続き何かを考えているようだった。これで自分なりに消化できるものがあるといいなとアルムは思う。
「そうなれるのも人それぞれだから、時間のかかる人もいる。その辺りは別に焦る必要もないし、むしろ焦ると更に遅くなるかもしれないしな。ゆっくりでいいよ」
「はい」
ようやくマルベリーがアルムに向けて微笑みを返した。
「あの食堂にはまた行こうな」
美味しい料理を堪能した後、アルムの間食用にと商店街の食料品店で大量にパンをお菓子を買い込み、食べながら街外れの修道院に着いたのは夕方だった。あと少ししたら夕食時の四回目の鐘が鳴るのだろう。
孤児院はかなり昔から建てられているらしく、所々に老朽さを感じさせる箇所があったが、そのほとんどが手作業で丁寧に修復されている。穴の開いた部分の上に板を重ねてつけるといったようなつぎはぎの補修ではあるが、それがなんだかとても温かいように感じられた。孤児院の看板も青色の塗料が塗られており、手書きの文字と装飾で彩られている。門から入り口へ続くほんの小さなスペースには花壇が作られていて色とりどりの花が咲き並んでいた。
「すごく……いいところですね」
マルベリーが穏やかな表情で辺りを眺める。中に入る前からここは居心地のいい場所だと理解したのだろう。
「だろ。俺も前に一晩泊めてもらったことがあるけどすごく良かった。感動したね」
アルムも微笑んで答える。以前訪れた時のことを思い出しているようだ。
「ただ、ここでは恩恵を受ける代わりに何か仕事をしなくちゃいけないんだ。俺は泊めてもらったお礼に食事を作って振舞ったんだよ。あれは好評だったなぁ」
「料理を作ったりできるんですか?」
見上げるマルベリーの頭をまたもやアルムが撫でる。
「あったりまえだろ。美味いものを食べるためには自分も作れるようにならないと。まぁ、どっちかといえばやっぱり作ってもらう方が好きだから滅多に作らないけど、なかなか上手いんだぞ」
そう答えたアルムはマルベリーの手を引き、扉を開けた。入り口は二つあるが、入ったのは孤児院の玄関。
「こんにちはー」
アルムが大きく声をかけると、間もなく一人の女性がやってきた。修道女がよく身に着けているタイプの服とフードという格好だったため、この孤児院を管理している人だとすぐにわかった。
「あら、あなたは……」
シスターはアルムと会ったことがあるのか、視線を少し上に泳がせながら思い出そうとしている。
「シスターファル、お久し振りです。かなり前にですが、一晩の宿をお願いしたアルムです。覚えてますか?」
アルムが名乗るとシスターはぱぁっと表情を明るくした。思い出したようだった。
「あの時の子でしたか。前はもっと小さかったのでなかなか思い出すことができませんでした。すっかり青年らしくなりましたね」
「ありがとうございます。シスターは全然変わっていませんね。安心しましたよ」
まぁ、と微笑むシスターに、アルムは後ろに隠れていたマルベリーを紹介した。
「この子はちょっと訳ありでしばらく預かっているマルベリーです。ここにいる子達と同じような境遇にいる子なので、みんなと仲良くさせてもらえるかと思って」
シスターはマルベリーに近づき膝を地面につけて目線を合わせた。前に出されて動悸がひどくなっている小さなエルフを優しい瞳で見つめる。
「この子はエルフなのですね。大変な経験をされてきたのでしょう。人間ばかりのこの世界で、とても心細かったでしょうね」
その声は慈愛に溢れており、聞いていてとても心地良くマルベリーの緊張が次第に解けてくる。シスターは手を伸ばし、マルベリーのサイドの髪の毛に軽く触れた。
「いい人と知り合いましたね。アルムはとても素直で優しい子ですよ」
「ちょっと、シスター!」
アルムが慌てて会話に割って入る。言われ慣れないことを言われるとなんだか身体がむずむずしてしまうようだ。シスターは笑顔でその話題を取りやめ、立ち上がった。
「そうですね。マルベリーにとってここの子達とお話をしたりするのはとても良いことでしょう。ゆっくりしていってね」
「そういえば、他の子達はどこですか? いつもなら戸を開けたら子供達が駆け寄ってくると思うんですけど」
室内をきょろきょろとしながらアルムが訪ねる。
「もうすぐ鐘の鳴る時間ですから、子供達はみんなで食事を作っていますよ。惜しかったですね。アルムがもう少し早く来て下さっていたら、久し振りに美味しい料理を楽しめたのに」
「まぁ、それはまたの機会に……」
アルムが苦笑いをしながらシスターと話をしているのを横目に、マルベリーは全身を流れる温かい雰囲気にとても期待をかけていた。ここでまた人間達と話をする抵抗力を高めていこうと思えたからだった。