そよ風が吹く頃

旅の始まり


楽しみだね。旅。
これから色々な経験をしていくんだね。

うん。嬉しいこともたくさんあるよね。

そうだよ。だからなるべく早く来てね。
僕は早く会いたいんだ。

そうだね。私もそうしたいな。
不安もいっぱいだけど、頑張る。

うん。どんどん前に進んでいこう。
そしたら色々と見えてくるから。

今ある暖かな手を離さないでいるよ。
私たちの目的のためにもね。



 マルベリーにとってはこれ以上なく幸せな知らせを受けた時から、とても時間が慌しく過ぎていたような気がしていた。
 旅の支度その他に付き合っていたアルムは結局出発が一日遅れてしまっていたが、元々色々な場所を見て回ることを旅の目的としているため、特に急ぐこともなくマイペースに進めることにしていた。
 部屋ではマルベリーが忙しなく部屋を駆け回り荷物整理をしている。アルムは床に座り、旅に必要だと思われる荷物を受け取って大きなショルダーバッグの中に入れていた。
「あんまりたくさん持とうとしない方がいいよ。自分で歩いて持って行ける範囲の量にしとけ」
 アルムが自分のリュックを指差しながら言う。そのリュックの中は着替えが数点と毛布、簡単な医療道具、料理器具が入っているくらいだった。他は必要な時に手に入れたりするということで割り切っている。確かに長い距離を歩くには重い荷物は邪魔なだけだった。
 とりあえず今のところマルベリーが持って行くと決めたものは、着替えと毛布、数点の布と薬草などの薬師用医療品、器具、オカリナ、そして小さく丸いキャンディが数多く入った透明な瓶。
「なんじゃこりゃ。この飴も持ってくのかい。それとオカリナも」
 アルムが瓶とオカリナを持って首を傾げた。
「両方ともそんなに重くないです。オカリナはいつも吹いているので、ないと落ち着かないですし、私は調合をする時にキャンディを舐めていると集中できるんです」
 荷物整理の終わったマルベリーがアルムの隣に座って持っている二点を取り、バッグの中に入れた。
「瓶ってけっこう重いよ。ただでさえお前はいろんな薬の瓶を持ってくんだから、それだけでかなりの量になるだろうし」
 アルムは立ち上がり、荷物の詰まったショルダーバッグを持ち上げる。青年にとってはたいしたことのない重さでも、腰よりも少し高い程度の身長しかないマルベリーには耐えられないだろうと思った。
「大丈夫です。持ちますから」
 アルムはしばらく相手の顔を見ていたが、全く意思を変えるつもりのないその様子に軽く笑った。
「わかったわかった。まぁ限界まで頑張れ。絶対音を上げるだろうとは思うけどな。このくらいだったら俺も持てるだろうし」
 ショルダーバッグを床に置いたアルムは、肩に当てる長いベルト部分だけを手に取り差し出した。受け取ったマルベリーも立ち上がり、両手でゆっくり肩にかけてみる。薬草の入った瓶がそれぞれ他の瓶に当たってかちゃかちゃとした音を鳴らした。
 ベルト部分から手を離した時に少し身体がよろけた。確かにアルムが言ったように少々重く、肩に食い込んでくるような感覚がある。少し考え直そうとも思ったが、マルベリーにとってはやっぱりこれ以上は荷物を減らしたくなかった。
「大丈夫かい」
 必死に立っているマルベリーは、旅には不効率だがとても可愛らしく感じられた。
「大丈夫……ですよおっ」
 ほんの少しだが顔を赤くし、その場で足踏みをする。手を前後に元気良く振って、平気だということを訴えていた。
「そうか。そしたら荷物はこれでいいか。あとはそうだなぁ……」
 アルムが腕を組んで考える。視線の先は窓の外。もう日が落ちた時間になっているため外は暗く、室内はあちこちに置かれたろうそくの灯りで照らされていた。
「この村で旅に出る前にやっておきたいことってないのかい」
 マルベリーに目線を戻し言った。言われた方もアルム同様腕を組み、視線を少々上に泳がせた。
「特に……ないです。家族以外は特に挨拶しておきたい人もいないですし、村でしていたことってあまりないですから」
 マルベリーの村での活動拠点は主に家といつも行っている森くらいで、村の中心街へはほとんど行くことはなかった。人々の目が嫌だったし、用事もなかったからだった。そのため、両親と離れるのはつらいがそれだけで、村には全く執着はない。
「わかった。それじゃ旅は明日の朝出発ということでいいかな。明日から体力使うから、今日はゆっくり寝ておけよ」
 アルムはそう言って小さなエルフの頭を撫でた。マルベリーは右手を高く上げて「わかりました」と答えたが、しばらく頭の上の手が止まらない。今まではすぐその手が離れていたため、どうしたのかと上を見ると、アルムはまだ何か考えているようだった。マルベリーはおとなしくそのままの状態でいることにして反応を待つ。
「どうすっかな……」
 アルムはそこそこ長い間考えており、その間マルベリーの髪の毛はすっかりぐちゃぐちゃになってしまっていた。
「マルベリーは、旅の目的地に当てってあるのかい」
 不意にアルムが手を止めて呟く。その場にしゃがみ、すかさず髪を両手で直し始めたマルベリーと目線を合わせた。
「当てはないですね」
 間髪入れず即答するマルベリーに「やっぱりそうだろうなぁ」とアルムは呟いた。
「行きたいところがあるんならもうとっくに言われてるんだろうし、俺がいなくても旅に出てたんじゃないかと思ったんだよ。行く当てがないから今まで村に閉じこもってたんじゃないかって」
 アルムがしばらく考えていたのは旅の目的地についてだった。
「俺は特に行くところも決めてないからその時々で考えていろんなところに行ってるけど、そしたらそれでいいかな」
 マルベリーはその一言に頷いた。髪の毛はようやく元に戻ったようで、両手を楽な姿勢にする。
「そうですね。というよりは、私の外の世界の情報ってほんの少しの本と、両親から聞いた話でしかないんです。なので、どこにどんな街があるのかとか、そういうこともほとんどわからないんですよ」
 あっけらかんと言うマルベリー。それを聞いたアルムはいかに目の前のエルフが内に閉じこもった生活をしていたのかと認識できた。
「そっか。わかった。そしたら俺と一緒にいろんな手がかりを探していくかぁ」
 アルムはにこりと笑い、そしてしゃがんだ姿勢から立ち上がった。
「はい。確かに焦りがないかと言えば嘘になりますが、このまま村にいるよりは外の世界を知っておくのに越したことはないと思うので、ひっついて行きますね」
 マルベリーもアルムにつられにこりと笑って答えた。
「そしたら、ひとまず明日は隣町を目指して行くかな。そんなに人の多くない街だから心配いらないとは思うし」
 ようやく考えがまとまったのか、アルムがはしごへ向かって歩き出す。アルムのために用意された寝床が居間にあるためだ。はしごへ手を掛けた時にふと呟いた。
「俺は完全に当てがないわけじゃないし」
 人間であれば聞き取れない大きさの声だったのだろう。しかしマルベリーはエルフで人間よりも確実に聴覚に優れている。それを聞き取ることはとても簡単だった。
「……え?」
 驚きの表情で聞き返したが、アルムは既にはしごを半分以上降りてしまっていた。無言の問いかけに答えることはせず、最後に顔だけを出した状態で一言声をかける。
「それじゃ、おやすみ」
「あ、はい。明日からよろしくお願いします!」
 マルベリーは慌ててそれくらいしか答えることができなかった。
 アルムの姿が部屋から見えなくなった後、マルベリーは床に置かれたショルダーバッグを見つつベッドへと向かった。
「最後の台詞、ちょっと気になっちゃった。ゆっくり寝ろって言われたけど、寝られるかなぁ」
 旅の支度を始めた時からずっとベッドに腰掛けて様子を見ていたシルフィードに話しかける。
『そうだね。私も気になっちゃった。でも確かに今日はゆっくり寝た方がいいから、なるべく考えないようにしてみてね。明日聞いてみればいいんだから』
 シルフィードの答えにマルベリーの考えもまとまったようだった。
「うん。明日からとうとう村を出るんだ。楽しみっ」
 だが、あまりの嬉しさに興奮しているのか妙に目が冴えてしまい、実際にマルベリーが寝付いたのはかなり夜が更けてからになっていた。


 天候に恵まれ、朝からとても爽やかな青空が広がっていた。春のそよ風に辺りの草花も気持ち良さそうに揺れている。そんな日にマルベリーの旅が始まろうとしていた。
「気をつけて行くんだよ。それと、無理するんじゃないよ。あと、それからアルムの言うことをきちんと聞くんだよ」
 注意事項が次から次へと飛んでくる。これは全てリュリカからのもので、マルベリーは苦笑しつつも真面目に聞いていた。
「うん。わかってるよ。私ができることは自分でわかってるつもりだし、怖いから一人にはならないようにするし」
 そばにいるアルムもその様子を微笑ましく眺めつつ頷いた。
「少なくとも旅に慣れるまではきちんと見ます。でも、最近はそんなに人間に対しては危険ではないと思うので、大丈夫です」
 アルムもリュリカを少しでも安心させるために答える。
 リュリカはマルベリーと一緒に住むまではコンフリーと旅を長く続けていたことがあった。その時のことを思い出しているのかもしれない。旅をしていて苦労をしていたことも数多くあったのだろう。
「アルム、マルベリーをよろしくね。いつまでも待ってるから、絶対に無事に連れて帰ってきて」
 やはり血は繋がっていなくても、マルベリーは本当の子供のように可愛いのだろう。なかなか離れられず、旅に出る予定の時間から少し遅れてしまっていた。本当はもっと人間のいない時間、早朝には出発していたはずなのだ。
「二人を信用しなさい。私達はマルベリーが本当の家族に会えるように祈っていることしかできないのだから」
 とうとうコンフリーが見かねてリュリカをたしなめた。その顔は微笑んではいるが、やはり心配している影は見て取れた。
「大丈夫だって。手がかりとかないから時間はかかるかもしれないけど、私の家はここだし、きちんと帰ってくるからさ」
 マルベリーがその場で軽くジャンプをする。ショルダーバッグを掛けたままだったため少しよろけたが、アルムに肩を支えられて転びはしなかった。
「あぁ、私達はおとなしく待っているから、元気に行っておいで。ただ、手紙などでかまわないから定期的に連絡はしなさい」
 コンフリーがマルベリーの背中を押し、旅へと見送る。その後ろではリュリカが少し涙ぐんでいた。
「ありがとう。それじゃ、行ってくるから!」
 マルベリーが先に背中を向けて村の出口へ向かい歩き出す。アルムはその後に続こうと見送りの二人に軽く会釈をした。
「あ、これ、お弁当。お昼にでも食べて」
 リュリカがアルムに両手で乗る大きさの荷物を手渡した。形からおそらくおにぎりだろうと思う。
「あ、どうもです。リュリカさんのごはん、めちゃめちゃ美味かったですよ。これも有難く頂きます」
 アルムがにっこり笑って荷物を受け取り、そしてまた会釈をしてから振り返り歩き出した。
 コンフリーとリュリカは旅立つ二人を見送りながら、ただひたすらに無事に帰ってくるようにと祈り続けていた。


「ごめんなさい。ちょっと遅れちゃいましたね。急いで向かいましょう」
 追いついてきたアルムにマルベリーは歩きながらぺこりと頭を下げた。
「いいって。実際俺はもっと時間がかかるかなって思ってたし。一人娘を旅に出すのは俺とかが旅に出るのとは違って名残惜しいもんだよ」
 ぽんぽんと軽くマルベリーの頭を叩いてアルムが答えた。
「それに、元々この旅はいつまでとかっていう期限がないもんだし、のんびり気ままに行こうや」
 マルベリーはそれを受けて満面の笑みを見せた。
「そうですね。……わぁい。旅だ旅だぁ!」
 ようやくはしゃぎ始めたマルベリー。やっぱり見た目と同じくらいに子供らしく行動していた方が可愛いとアルムは思った。
「さっきリュリカさんが言ってたことと同じだけど、無理はしないようにな。これから街に入ることになるけど、具合が悪くなったりしたらすぐ言うように」
 アルムからの注意事項を受けたマルベリーは、ふと真顔になって足を止めた。アルムもそれに合わせて止まり、どうしたのかと眺める。
「……忘れてました。村を出る前に一つ難関があったんでした」
 そう呟いたマルベリーの目線の先には、村の子供達がご丁寧に立ち並んでいた。アルムを村に案内した時にはいなくてほっとしていたが、旅に出る時にもというのは少々甘かったようである。
 マルベリーがいつも森へ出かけるということは知られているため、その通り道は村の子供達が日頃の鬱憤を晴らす良い場所としていたのだった。辺りを流れる不穏な雰囲気に、アルムはマルベリーの村での存在と、人間への不信感について納得することができていた。
「なるほどなぁ」
 マルベリーは少し萎縮しているようだったが、それにかまわず手を取り歩き出す。子供達は小さなエルフの他に人間の、そして知らない大人がいることに戸惑っているようだったが、そばを通る時に声をかけることにしたようだった。
「今日は眼鏡をかけてるなんて、生意気だぞ」
 何が生意気なのかなんて全くわからないが、元々こういうことを言う人には理屈なんてないものだ。マルベリーはアルムの顔を見上げたが、青年が表情を崩さず歩みを止めないのを見て、気を奮い起こし無視に終始しようと努めた。
 反応がないことに対していらついたのか、子供のうちの一人がマルベリーの肩を掴んで眼鏡を奪い取ろうとしたが、素早くアルムの手がそれを阻止する。ますます怒りの感情を募らせた子供達は、今度はアルムの方に矛先を向けたようだった。
「お前は村のもんじゃないな。どこから来た! マルベリーと一緒にいるってことは、お前も人間じゃないのか!」
 マルベリーはアルムに声がかけられたことでびくりとしたが、青年は全く気にした様子もなかった。思わず胸を撫で下ろす。
「化け物だ。この村に入ってくる化け物は俺達が退治してやる!」
 子供達はみんなでしゃがんで石を拾った後、二人に投げつけてきた。マルベリーはうまくよけることができないため、下を向いて固まってしまう。アルムはよいしょっと掛け声を上げてマルベリーを肩車し、軽く駆け出した。大人と子供ではコンパスが違うため、子供達との距離はあっという間に離れていく。マルベリーがきょとんとしている中、子供達は「ずるいぞ」などと言いながら走ってきたが、やっぱりアルムには追いつかなかった。
 村の出口へとやってきて振り返ったアルムはにやりとした。マルベリーはそれを見てどうなるのかと考える。子供達もアルムが振り返ったことで一度立ち止まったが、その先から進むことができなくなっていた。村から出たことのない子供達は外をとても恐ろしいものとしてとらえているため近づけないというのもあるが、顔はにやりとはしているものの、アルムの雰囲気が傍へ寄ることを許していないのだ。
「まったく、人間かそうでないかくらい見てわかるだろうに。俺はお前達と同じく人間だよ。でも、お前達と同じではいたくないなぁ」
 肩車をしていたマルベリーを下ろし、手を握って子供達に訴えかけた。アルムの傍を流れる空気がとても冷たく、マルベリーも正直怖いと思ったが、繋いだ手がとても暖かく、そして普段の優しいアルムも知っているため、素直に甘えてしまおうと思った。
「人の弱い部分を突付くのは人としてやってはいけないことなんだ。そんなことすら知らないお前達の方がよっぽど人間じゃない。こいつがどうしてこんな内向的な性格になったのかってのがよくわかったよ」
 子供のうちの一人がそれでもしぶとく一歩を踏み出し石を投げてきたが、二人には届かなかった。アルムが軽く目に力を込めるだけで子供達が後ずさるのがわかる。
「マルベリーはこれから旅に出る。しばらく戻んないよ。これからお前達はどうやって鬱憤を晴らすんだろうな。その楽しみを奪うことができてすごく嬉しいよ」
 そしてマルベリーと一緒に村と外との境界線を越えた。子供達の「あっ」という声が聞こえる。
 アルムが顔だけ振り返った。もう冷たい空気を発してはいなかったけれど、子供達はやっぱり近づいてくることはなかった。
「狭い環境で間違った常識を知るというのも気の毒だけど、もっと違うことに力を入れた方がいいよ。悔しかったらお前たちも外へ出てみな」
 そして、マルベリーを連れて外の道を何食わぬ顔で歩き出したのだった。


「すみません。それから、ありがとうございました」
 しばらく黙って連れられて歩いていたマルベリーが、なんだか少々緊張しつつもアルムに話しかけた。
「あぁ、全然気にすることなんてないさ。結局あいつらも何にもできてないんだよ。親の教えられるままにしてて自分をあまり持ってない。まぁマルベリーも黙っているのは悪いっちゃ悪いけど、十人くらいいる中の一人だったら何もできないこともあるだろうし」
 マルベリーと繋いでいる手をぶんぶんと前後に動かしアルムが答えた。その勢いにマルベリーは少しふらりとしたが、いつもの暖かなアルムに戻ったと安心できた。
「ちょっと、いい気味でした」
「だろ。本当は無視でもよかったんだけどな。あと、本当にとっちめることもできたけど時間の無駄だしやめといた」
 そう言って笑い出すアルムにマルベリーは声を出して笑った。
「あはははっ。そうですね」
 マルベリーもアルムに合わせて腕をいっぱいに振った。
「今の人間達はみんなあんなんばっかりじゃないよ。優しい人もいるし、楽しい人もいる。まぁその逆の人もいないわけじゃないけど、少ない方だよ。いろんな人達がいる。そういうのを見るのも面白いもんだよ」
 マルベリーは再びアルムに対して満面の笑みを見せた。
「はい。なんだかそういう気がしてきました!」
 歩く足取りもとても軽くなったような気がしていた。そして、そんな様子を見て、アルムもますます笑顔を見せていた。


 普段とは違って長い距離を歩くため、何度か休憩を取った方がいいかもしれないと思っていたアルムは、ずっと元気に歩き続けているマルベリーを意外に思っていた。休憩といえば昼食時にリュリカからもらったおにぎりを食べた時くらいだ。
「疲れてないのかい。休みたい時には遠慮なく言ってくれてかまわないんだけど」
 そう言って何度か声をかけてもいつも「平気です」と返ってきていた。確かに村を出てからずっと何気ない草木や空を流れる雲を見てはしゃいでいるため、疲れを忘れているのかもしれない。
「明日になって急にどっと疲れがきたりしないことを祈るしかないのかぁ」
 アルムがそう言ったことにすら、夢中になっているマルベリーには聞こえていないだろうと思った。
 夕方になり、空も鮮やかな青色から穏やかな赤色へと変わってくる。二人はずっと森の一本道を歩いていたが、まもなくそれが二手に分かれる道へとやってきた。
「分かれ道ですね」
 変わりつつある空の色のようにすっかり顔を赤くさせたマルベリーが二つの道を交互に眺めていた。
「ここは左の道を行くよ。右に行くとちょっと大きすぎる街に着いちゃうからな。遠いし。左の道を行ったら、あと一刻もしないうちに街に着くから、楽しみにしとけ」
 アルムの言葉にマルベリーは思わず飛び上がった。
「やったあ。街だぁ!」
 今にも駆け出さんばかりの勢いで、アルムを引っ張って先へ進もうとする。アルムは笑いながらそれについていった。ちょうどマルベリーの駆け足とアルムの早足がぴったりの早さだった。
「街に着いて何かやりたいことってあるかい?」
 少しスピードを落とすように努めつつアルムがマルベリーに聞いた。
「えっと、買い物したいです。でも、街をゆっくり歩くだけでもいいです。どんな人がいるのかじっくり見てみたいなぁと思います」
 にこりと笑いながら答えた。さすがにもう走ってはいないが、少々早足になっていた。
「そうかぁ。残念だなぁ」
 ぽつりとアルムが呟いたのを聞いて、マルベリーが首を傾げる。
「何かしたいことって他にあるんですか?」
 アルムは改めてじっとマルベリーを見つめた。自然とマルベリーもアルムを見つめる形になる。短い時間ではあったけれど、アルムの赤い大きな目を見ていると夕焼けの中に吸い込まれそうだ。
 アルムはそんな状態で一言。
「マルベリーは腹減ってないのかい? ごはんだよごはん。俺だったらまず街に着いたら食堂直行だよ。腹が減ってたら何もできないじゃないか」
 目を細めて言った後、再び視線を戻して歩き始めた。マルベリーはアルムが食事時間は長く数多く食べていたことを思い出し、何よりも食事を大切にしているのだと実感した。
「あ、食事ですね。ごめんなさい。私は少食であまり食べないので、全然気にしてなかったです」
 マルベリーの反応にアルムは信じられないといったような表情を見せた。
「ごはんはあんまり食べないって? だからそんなに小さいんだよ。だめだなぁ。美味いごはんを食べて、たくさん動いて、そしてまた食べることの幸せ! これを楽しまねば!」
 アルムが気合いを入れて訴えているのにマルベリーは思わず笑ってしまった。
「わかりました。そうしたら、街に着いたらまず食堂に行ってごはんを食べて、それから街を見て回りたいです」
「よろしい」
 アルムが満足したようにうんうんと頷いた。そうしている間に道が途切れ、徐々に様々な建物が見え始めてきていた。その街は坂の下にあるため、だんだんと街全体の様子がわかる。
「わぁ。大きな街ですね! たくさん人もいます!」
 マルベリーが立ち止まり歓声を上げる。今のところは人を見ても拒否症状が現れることはないようだ。アルムはその様子を見て安心した。
「ここの街には美味い食堂があるんだよ」
 ひとまず腹ごしらえをするまでは、何を食べようかなど食事について考えようと思ったアルムはマルベリーの顔を一瞬見た後、手を引っ張って駆け出す。
「よっしゃあ! めしだぁぁ」
 スピードは合わせてくれているが、マルベリーには全速力に近い速さだった。それでもマルベリーも早く街に着きたいと思っていたため、必死に駆け出しついて行ったのだった。

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