そよ風が吹く頃

出会いの時


やっとだね。やっと。
ここまでくるのは長かったけど。
ようやく動き出してくれたね。

うん。なんとかここまでは上手くいったみたい。

ここまでじゃないよ。
これからだって、上手くいくんだよ。

そうだよね。頑張らないとね。

不安になる気持ちもわかるよ。
でも、これからもまだまだ長いんだから。

うん。このきっかけを無駄にしたくないもん。
絶対やり遂げて見せるよ。



 人間が、自分をじっと見つめている視線を感じる。村の人々などではなく、全く未知の、見知らぬ人間。
 マルベリーは木の幹にしがみつきながら震えてしまい全く動くことができなくなってしまっていた。
 なんとかしなければと思えば思うほど体が固くなってしまう。考えに体が追いついていないようだ。
 青年はそんな小さなエルフを見て、にこやかな表情のまま頭を軽く傾けた。
「やっほ」
 先程まで濡れた頭を拭いていた布をリュックにしまいながらマルベリーに向かって話しかける。手は自然と頭のすぐそばまで上げていた。
 マルベリーはそれになんとかして反応しようとするが、なかなか顔をその青年の方へ持っていくことができない。
「小さな女の子がこんな森の入り口で何をしているんだい?」
 青年は再び持っていた袋からパンを取り出し、一口大ずつちぎりながら口の中に入れている。
 反応のないエルフを人間にはそんなに慣れていないのかもしれないと考えつつ眺めていた。
 青年の声に反応してマルベリーの長い耳がぴくぴくと動く。
 ただ声を聞くだけではそんなに怖がる必要もないように思え、徐々にではあるが体の震えが収まってきているようだ。
 おそらく声変わりはしているのだろうが少々高めで、ストレートに耳の中に入ってくる声。
 それは不快というわけではなく、反対に耳の中に心地よく響く。
 何より話し方がとても穏やかなのだ。マルベリーは過去の経験から多少は人を見る目があると思っていた。
 そして、先程からシルフィードがその青年の周りを軽やかに飛び回っている。風の波がゆらゆらと揺らめいているのを視界の端に感じるのだ。
 もちろん青年は人間のため精霊であるその存在に気づくはずもないが、流れてくるそよ風に揺られている長い前髪を手で軽く押さえていた。
(この人に会えて嬉しいのかな)
 シルフィードがこんなに嬉しそうに飛び回るのを見るのは久し振りだ。
 自分も徐々に変わりつつあるが、パートナーもこの青年は無害だと感じているのかもしれない。
『マルベリー』
 シルフィードがそばに戻ってくる。その声はマルベリーに対して大丈夫だと言っているように聞こえ、勇気を奮い立たせているようにも聞こえた。
 ぎゅっと一度強く目をつぶり、深く息を吐きながら目を開ける。
 さび付いたロボットのようにぎこちなくはあるが、少しずつ青年の顔が見えるように首を動かした。
 木の幹にしがみついたままの情けない格好で青年と視線が合う。
 深く澄んだ赤のたれ目。
「……」
 なぜだろう。とても怖くて仕方がないのに、青年の目はとても穏やかで心が次第に落ち着いてくる。
 そして、その深いルビーの瞳。マルベリーはそれを見てなんだか暖かいものが胸にこみ上げてくるのを感じた。
(なんだろうこれ。私、人間はお父さんお母さんと村の人達しか知らない。でも、すごく懐かしい気がする)
 シルフィードが青年に懐いていたのもそれが原因だったのだろうか。
 マルベリーは一度にやってきた様々な情報ですっかり頭が混乱していた。
『シルフィード、どうして? 私、この人知ってるの?』
 そうそばにいるはずの風の精霊に尋ねてみたが、相手からは答えが帰ってこなかった。
「やっほ」
 木の上の小さなエルフと目が合ったことで青年はもう一度話しかける。口にパンが入ったままだったため発音はかなり悪かったけれども。
 マルベリーはいまだにぎこちない様子で軽く頭を下げる。まだ声を出すまでには至っていないらしい。
 それにめげずに話しかけ続ける青年はかなりの根気強さを持っているようだ。
「この辺りに、フィラレル村ってあるよね」
 口の中のパンを飲み込んで青年が質問をしてくる。飛び出してきた名前はとても意外なものだった。
(この村のことを知っている人、他にもいたんだ)
 フィラレル村は外との交流を断った村だ。外部の人に関しては無関心を通す人々の村。拒むことはしないが受け入れることもほとんどない。
 その証拠に、マルベリー達家族ともそんなに付き合いはない。互いの利害関係が一致したために住まわせてもらっているようなものだったから。
 次第に訪れる人も減り、入り口を深く閉ざしたこの村へ続く道ももうほとんど残っていないというのに。
 目の前の青年はいったいどうしてこの村へ来ようと思ったのだろうか。
 ひとまず青年にはこくりと頷いておく。
「そっかぁ。古い地図だったからどんなもんだろうと思ってたけど無事に着きそうだなぁ。よかったよかった」
 相手はずいぶんとのんびりした口調で、マルベリーは思わずくすりと笑ってしまった。青年もその様子を見てにこりと笑った。
「よかったら案内してくれないかな。会いたい人がいるんだよ」
 敵を作りにくい笑顔だとマルベリーは思った。
 目の前の青年は村の人間ともイメージしていた人間とも雰囲気が全く違っていて、また少し拍子抜けしたような感覚も生まれてきていた。
「この村に……知り合いがいるん……ですか?」
 たどたどしい状態ではあったが、なんとか声が出た。ようやくまともなコミュニケーションが取れたのかもしれない。
 この青年と少し話をしてみることによってまた人間への抵抗力アップに繋がると思い、ほんのわずかではあるが勇気を振り絞っていた。
「あぁ。ちょっと聞きたいことがあってね」
 青年はようやく持っていたパンを食べ終わったらしく、リュックの口を閉めてまた背負い直した。
 しばらく夢中になっていて気づいていなかったが、雨もそろそろ小降りになっており、雲間からほんの少しだけではあるけれど、光が射し込んできていた。そして、固まっていたマルベリーの頭もようやくまともに稼動し始めたようだった。


 青年はアルム=カッツェと名乗った。
 雨はすっかりやみ、木から降りたマルベリーを小さな子供に接するように手を握り歩き始めている。
 その様子は種族が違うのを除けば年の離れた兄妹のようだ。
 マルベリーも緊張しながらもその暖かな手を握り返していた。手を差し出された時は震えてしまうかもしれないと思ったけれど、それは懸念に終わっていた。
 時々不意に何気ないことで話しかけられ、答える時によくどもってしまって自分で自分の頭を軽く叩いたり、にこにこと傍らで飛ぶシルフィードを何を考えているんだろうと見ているうちに、あっという間に村に着いた。
 入り口が近づいた時にマルベリーは自然と顔をしかめてしまっていたが、それをアルムは見逃さなかった。
「どうした?」
 村の入り口で急にきょろきょろと落ち着かなく辺りを伺う小さなエルフはそこに人間がいないのを確認し、改めてアルムを見る。
「いえ、なんでもないんです」
 マルベリーは軽く横に頭を振りながら答えた。なぜかその声は森にいた時と比べると小さい。
「ここから……フィラレル村です。あの、会いたい人というのはどなたでしょうか? 差し支えなければ、そこまでご案内します」
 マルベリーは上を見上げ、再びアルムと目線を合わせた。一方の青年は相変わらず穏やかな表情で、そして優しく頭を撫でてくる。
 森の中を歩いていた時にそれは何度か行われていたが、不思議とそれは心地よいものだと感じていた。
 撫でられるごとに髪の毛が少々崩れるが、青年の手の暖かさがしっかりと伝わってきていたから。
「有難うな。俺はコンフリー=フェンネルさんに会いたいんだけど、そしたらそこまで連れてってくれるかい」
 アルムがそう言った名前は、これまた意外なものだった。マルベリーは思わず目を見開いてしまったが、すぐに元に戻す。
「あの、コンフリーは私の父です。ということは、私の家に行けばいいんですね」
 その台詞を聞いてアルムも驚いたようだった。マルベリーをじっと見ていたが、生じた疑問点については何も触れない。
「そうだったんだぁ。そしたらちょうどよかったなぁ」
 それだけを言い、またマルベリーの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


 村の入り口からマルベリーの家まで、運がいいことに村の人間には誰一人会わずに着くことができた。
 午後は比較的外に出ている人間は少ないけれど、一人も会わないというのは珍しい。
「ただいまー」
 家の中に入り声をかけるマルベリーをリュリカが「おかえり」と迎える。その際もう一人の人物を見つけて目がそちらへ向いた。
「お父さんにお客様だよ」
 家に着いてマルベリーから手を離したアルムは、軽く会釈をする。
「突然すいません。お尋ねしたいことがありまして」
 また例の人懐っこい笑顔を相手に向ける。リュリカはマルベリーが人間を連れてきたことにかなり驚いていたが、話しかけられたことによって意識を元に戻した。
「あらまぁ。尋ねてくれる人がいるなんてものすごく久し振りね。前はいつだったのかも思い出せないくらいだよ。ようこそ。さぁ入ってちょうだい」
 母親はなんだかアルムを見て嬉しくなったらしく、部屋の隅で「どうしよう。もてなすものが何もないよ」やら「こんな可愛い……あ、男の人に可愛いっていうのも失礼だけど、お客さんが来るなんて、頑張らなくちゃ」などと色々呟いている。
 マルベリーは呆れてしばらくぽかんとしていたが、アルムを父親のいる調合室へと連れて行った。
「父さん、入るよ」
 軽くノックをして部屋に入る。振り返ったコンフリーはマルベリーの後ろに立っている青年にすぐ気づき、その顔を見る。その目が軽く見開かれたような気がした。
「アルム=カッツェです。突然すいません。お尋ねしたいことがあったので伺いました」
 青年が名乗ると更に驚いたような表情になった。調合をする手を止め近づく。
 コンフリーよりも身長が高いため、自然と見上げる形になっていた。
「マルベリーを見ていると時々錯覚しそうになるが、やはり月日は確実に過ぎているんだな。そうかもしれないとは思ったが、名前を聞くまで確信できなかったよ」
 コンフリーも久し振りの知り合いに会うことができて喜びを隠しきれないのかもしれない。
 普段は冷静であまり表情を崩さないのに、なんだか頬がいつもより上がっている気がしていた。
「そうですね。お会いした時はまだ俺10歳にもなってなかったんで。でも俺はよく覚えてますよ」
 仲良さそうに話を始めた二人を交互に眺めるマルベリー。
 マルベリーは会ったことはなかったが、父親にとっては昔からの知り合いなのだろう。
「そうだな。今はいくつになる?」
 青年は調合室全体を珍しそうに見回しながらさらりと答えた。
「20歳ですね」
「うそっ!」
 ずっと黙っていたマルベリーが突如叫んだために二人はぎょっとして小さなエルフを見た。二人の目線を感じつつアルムをまじまじと見る。両手は口元に添えられていた。
 腰に細い、しかしマルベリーの身長以上の長さもある剣を軽々と差している割には青年の身体は細く、加えて童顔だった。
「絶対もっと若いと思ってた! 同い年かちょっと上くらいかなって。びっくり」
 マルベリーは今までのアルムの言動と、そして父親が同席していること、今ここにいるのが自宅であることなどから生じた安心感もあり、青年に話しかける時の丁寧語がすっかり抜けてしまっていた。
 コンフリーはそれに気づいて一瞬アルムを見たが、すぐマルベリーに目線を戻す。
「お前も人のことは確実に言えないと思うぞ。見た目はほとんど幼児なのだから。アルムに聞いてみなさい。16歳とは思わないだろう」
 父親に言われてマルベリーはアルムを眺めたまま首を傾げる。しかし青年は意外と冷静だった。
「そりゃあ、エルフは成長が遅いですから。年齢不詳ですよ。年なんて当てられるはずないです」
 そう言ってそばにいるエルフの頭を撫でる。撫でられた側は崩れた髪の毛を直しながら疑問に思ったことを聞いてみた。
「そういえば、二人はどういった繋がりがあるの?」
 両手は口元付近のままで、上目遣いに、そして目を輝かせて二人を見る。非常に興味があるようだ。
「あぁ。アルムはこの村に引っ越してくる前に知り合った親友の息子なんだよ」
 それを聞いたマルベリーはうんうんと納得したような表情になる。
「そうだ。あいつは元気か? 不精な奴だとは知っているが、便りを出しても全く返ってこないよ」
 コンフリーは何気なく世間話の続きとして話しかけたのだが、それを聞いたアルムの表情が急に硬くなった。途端に調合室の中の空気が変わり、それが伝わって他の二人も笑顔から真顔になった。
「実は、今日はそれも含めて尋ねたいことがあって来ました」
 青年はおそらく遠いところから、そしてわざわざ村を探し出してやってきたことからとても重要なことを聞こうとしているのだろう。先程までの穏やかな空気が途端に硬化したことでそれがはっきりと伝わってきた。
「マルベリー。すまないが少し席を外してもらえるかい」
「うん。わかった」
 アルムがどのようなことを聞こうとしているのか非常に興味はあったが、この空気の中に自分がいるのは良くないとマルベリーは思った。
「それじゃ、後でね」
 一瞬だけ笑顔を作り、そして調合室の戸に向かい、開けて出た。穏やかな空気の中でふうと一つ息をつく。
 アルムと出会ってからほとんど無言を通してはいたが、ずっとそばを飛んでいたシルフィードに、
「なんだか一度にたくさんのことがあって疲れちゃったね」
 両腕を上げて伸びをしながら言い、そして母親のいる台所へと向かった。


 二人が居間に入ってきた時にはもう夕方になっていた。
 待っている間にマルベリーはリュリカを手伝い、アルムを歓迎する料理を作っていた。
 母親の意向により、今日は無理矢理にでも泊まって行ってもらう予定だったため、夕食作りに余念がない。
 こんなに気合いを入れた食事は滅多になく、マルベリーも手伝いながらその味にかなりの期待をかけていた。
「いい香りですねぇ。俺、うまい食べ物には目がないんですよ」
 部屋に入ってきたアルムの素直な反応に、女性二人は思わず顔を見合わせて軽く笑った。
 夕食時、マルベリーはアルムに村外の世界について質問攻めをしていた。
 両親にはシルフィードを説得した時点から旅に出たいということを常に言い続けていたため、リュリカは少々呆れ顔で子供の様子を見ている。
 マルベリーはこんなに短時間で外部の人間と気さくに話ができる自分に嬉しくなっていた。
 コンフリーはそんな二人を微笑ましく、そして時には真顔で見ていた。
 今回マルベリーはこうしてアルムから情報収集をしたことでまた新たにわかったことがあった。
 村から出たことのない自分では想像がつかないくらい世界は広いことや、同じ人間でも様々な種類の人達がいること。前まではそんなに危険はなかった旅も、人を襲う怪物が増えたなどで物騒になってきたことなどである。
 こうして話を聞いていると、マルベリーが旅に出ても何もできないことがますます現実として立ちはだかってくる。
 旅をするには資金がいるし、それを稼ぐためには働かなければいけない。
 マルベリーには調合という特技があるが、人間が、見た目よりは年齢がいっているとはいえ子供の作った薬を使おうとするだろうか。
 そして何より、危害を加えてくるものに対して自分を守る術がない。
 初めは嬉々として話を聞いていたのだが、そうしたことを思い知ることによって、徐々に顔を曇らせてしまう。
 リュリカはそれを見て胸を撫で下ろしているようだったが、コンフリーは黙ってマルベリーを見ているだけだった。
 アルムは世界のあちこちを旅していることもあってどこかに所属することもなく、不意に立ち寄った街でその都度傭兵などを引き受け生活の糧を得ていた。一人旅を始めたのは五年前からだが、幼少の頃から剣士である父親によく旅に連れ出されていたこともあって、一人でも特に支障はなかったという。
 マルベリーは少ない時間で頭の中をフル回転させて必死に考えた。
 今のところ賛同してくれているのはシルフィードだけだ。自分と自分にしか見えない風の精霊だけでは非力で、旅は無理だと初めからわかっていたとしても、諦めるなんて決してできない。
 マルベリーはもう何杯目かわからないくらいおかわりをして、いまだに食べ続けているアルムを見た。
(この人は、私を外に連れて行ってくれたりしないかなぁ)
 持っている長剣一本で五年以上も旅を続けていられるような人物だ。少しくらい足手まといが増えたとしてもそんなに大きな迷惑はかからないのではないだろうか。
 更にこの青年はエルフを見ても顔色一つ変わらなかった。マルベリーの環境にも理解してもらえるのではないだろうか。
 そして、全身から伝わってくる雰囲気がとても柔らかくて、まだ会ったばかりではあるけれど信用していいと思えた。
 マルベリーにはもちろん兄弟なんているわけもないが、不思議と兄のような感覚を持つことができた。
 これがもし間違いであったとしても見抜けなかったミスだと自分自身で納得することができる。
 マルベリーはいつしか真剣な目でアルムを凝視してしまっていた。それに気づいた青年は食事を取りながらも優しく微笑んでくれる。
「お前を見ていると、故郷にいる妹達を思い出すなぁ」
 口の中の食物を飲み込んだ後に、ふとアルムが呟いた。
「妹がいるの?」
 真剣になりすぎて強張った表情を元に戻しながらマルベリーが尋ねる。
「あぁ。俺んちは大家族なんだ。上に姉ちゃんが一人いて、あとは弟が一人いるんだけど、あとの五人が妹で。女ばっかりだから騒がしいけどな」
 テーブルに置いてあるスープを一飲みしてから話を続ける。
「そのうちの一人にお前がすごく似ていてさ。一番下の妹なんだけど、身長もぷくぷくな顔もそっくりだよ。まぁ今はかなり背も伸びているんだろうけどな。時々家に帰ると妹弟達がいつの間にかおっきくなっててびっくりするんだよ」
「ぷくぷく……」
 マルベリーは思わず自分の頬に両手を当ててしまったが、目の前にいる青年の暖かな包容力は大家族の中で培われたのだと思った。
「家族と会えなくて寂しい?」
 マルベリーはリュリカとコンフリーをちらりと見ながら再び尋ねた。
「そりゃ寂しくないって言ったら嘘になるとは思う。でもその分多くの人達と会えたりもできるから、寂しいって思ってることはほとんどないかな。あちこち歩き回っていろんな人達と仲良くなると面白いし、色々便利だし」
「そうなんだ」
 アルムは旅をしていてとても充実しているように思えた。マルベリーとの接し方が変わらないのも、世界中を旅してきて様々な種類の人々と会って、それぞれの考え方、感じ方に触れてきていたからなのかもしれない。
「俺はおとなしくできないっていうかさ、ずっと同じ場所にはいられないって思って。世界中あちこち旅していろんな所を見たいって思うわけ」
 世界中の色々な場所を見たい。それは常日頃からマルベリーが感じていることだった。
 目的は同じ。この人は平気。それなら。
 是非とも聞いてみたいとマルベリーは考えた。自分を旅に連れて行ってくれないかと。
 思い切って聞こうと決断し、テーブルに身を乗り出して、ようやく食事を終えたアルムに声をかけようとしたが、そのマルベリーより一瞬早く、ずっとその様子を眺めていたコンフリーが口を開いた。
「アルム。先程少し話をしたが、この子の旅の件、頼めないだろうか」
「え?」
 急に混乱し始めたマルベリーの頭の中が落ち着く前に、
「いいっすよ」
 アルムが軽く返事をする。そんなこと全く気にすることはないとでも言いたげに。
「えええええーっ!」
 ようやく展開が飲み込めたマルベリーが椅子から転げ落ちそうになり慌ててしがみついたり、リュリカは少し怒ったような表情でコンフリーの方を見たりしていたが、アルムとコンフリーはもう既に結論づけた後だからなのか、そのままの状態だった。
「どうして、どうして?」
 ずっと反対意見を貫いてきた父親がなぜ旅を許してくれたのか。それはアルムという存在以外にないと頭の奥ではわかっていたが、聞かずにはいられなかった。
「マルベリーの意思を無視するわけにもいかないだろう。ただ、私もリュリカももう旅をする力はないし、一人旅をさせるわけにはいかなかったから認めていなかった。それだけだ」
 ただ駄目だというだけではなく、きちんと考えてくれていたのだ。マルベリーは父親のその気持ちにとても嬉しくなっていた。
「こんなにいい機会が訪れるとは思わなかったが、アルムには私も安心して預けることができる。いいね?」
 最後の確認はリュリカに向かって投げかけられた。母親は憮然とした面持ちではあったが「わかったわ」と一言答える。
「ありがとう!」
 マルベリーは椅子から下り、忙しなく足踏みをしながら両腕を上げたりして素直に喜びを全身で表現していた。
 瞳はこれからの期待の気持ちで明るく輝き、頬は興奮して軽く桃色になる。
 ようやく外に出られる許可をもらえた。そして、これで新たなことを知る機会を得られたのだ。今日は嬉しすぎて寝られないかもしれないと思った。
 飛び上がって喜ぶマルベリーをアルムとコンフリーは微笑ましく眺め、リュリカは心配そうに見つめていた。
「無理はさせませんから、心配しなくてもいいですよ。こういう子の扱い方は俺もよくわかっているつもりです」
 アルムはリュリカに優しく話しかける。それを聞いた母親はやっと笑顔を見せた。
「私も、なるべく足を引っ張らないように頑張ってついて行きますので、よろしくお願いします!」
 マルベリーもアルムに旅の決意を力いっぱい伝えていた。
 部屋の隅でその様子を見続けていたシルフィードは、軽く上を見た後にうんうんと嬉しそうに頷いていた。  そして、可愛くも非力なパートナーをきちんと導いて行かなければと改めて認識していたのだった。

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