大丈夫なのかなぁ。心配だなぁ。
だんだん不安になってくるよ。
どうしてそう思うの?
少しずつ良くなってきてるじゃない。
だって、それでもまだだめだよ。
ちょっとしたことですぐ
取り乱したりしちゃうよ。
でもなんとかなると思うよ。
もう一人じゃないんだよ。
やっぱり過保護だよね。
だって、心配なんだもん。
でも、見守るしかないんだよね。
夕食の後、早速マルベリー達はあてがわれた部屋に集合し、今後の旅の予定について話し合うことになった。ただ、セラフィル達が加わることで特にこれからの行き先が変わるわけではない。結局は同じなのだ。正確に言えばセラフィル達に今後の旅の予定を説明する時間を作ったといったところだろうか。
「私達はこれから船に乗ってチャモニー大陸に行くってことでいいんだよね」
マルベリーがアルムに向かって尋ねる。目の前にはアルムが描いた簡易世界地図があった。
「そうそう。正確に言えばここにある共和国だな」
アルムが指でだいたいの場所を示す。その国は大陸の大きさからすればとても小さいが、影響力で言えばほぼ大陸全体を覆うらしい。
「午前中に聞いてきたんだけど、チャモニー行きの船は天気が悪くない限り二日に一度は出ているらしいよ。やっぱり行き来は多いみたいだな」
今マルベリー達がいる港町もこのソプラ大陸の中で言えば大きい方だが、チャモニーは更に大きいとのことだった。常に様々な町の船が行ったり来たりしているらしい。マルベリーはまだこの町の港にすら行っていないためどのような雰囲気なのかはわからないが、間もなく訪れる新たな経験に非常に心を躍らせていた。
「で、残念ながら今日がその船が出る日だったんだ。だから行くのは早くて明後日になるんだよね。まぁそうするとまた一日仕事ができるからいいんだけどさ」
アルムにとってみれば精霊であるディーネ以外、つまりセラフィル一人分の旅費が増えるということになる。一応今まで稼いだ分のお金で三人分の船代くらいは確保できているが、持っているに越したことはない。できる時にやっておかなければということなのだろう。
『そんなぁ。すぐにでもエルフのいる場所に行きたいところなのにぃ』
そう呟くのはディーネ。セラフィルの症状もあるため早く旅立ちたいと焦る気持ちが伝わってくる。だが、船の出る日が決まっている以上いくら文句を言っても仕方のないことだった。
「あ、あの。すみません。私も一応ある程度の持ち合わせはありますので! なるべく負担になるようなことは避けたいので、よろしければ使ってください」
セラフィルがアルムの仕事発言に慌てて自分の荷物を探し、財布を取り出して渡す。受け取った青年はそのずしりとした思った以上の大きさと重さに思わず目の前の女性の顔を眺めた。中身は見ていないが、想像だけでもおそらく一ヶ月ほど働いた時の給料と匹敵するくらいはあるだろう。もしかするとそれ以上かもしれない。これだけのお金をどうやって手に入れたのか、考える必要のないことをつい勘ぐってしまいそうになる。
「……わかった。そうしたらありがたく使わせてもらおうと思うよ。ただ、それはセラフィル本人が使う分としてだけな。だからそれはそのまま持ってていいよ」
そう言って財布を返す。セラフィルはそれを手に持ち「でも……」とアルムを見つめるが、相手はそれに応じることはなかった。
「まぁ、どうしても困った時にはマルベリーの分くらいはもしかしたら頼むかもしれないけど」
あははとアルムは笑っていたが、それでも頼むことはないんだろうなぁとマルベリーは傍から見ていて思った。
簡素な服を着ているし、本人も決して言うことはないだろうけれど、その雰囲気からセラフィルが普通の家庭の生まれではないことは簡単に予想がついた。こういった人は自分でも気づかないうちに身体からオーラが出ているものなのだ。体調のこともあるし、この持っているお金は自分の力で稼いだものではない可能性が高い。つまりは他の人がセラフィルのために用意したものなのかもしれない。
アルムは孤児院や今いる友人のジュレの家に泊まらせてもらったりした時は自分も働いたりお金を支払ったりしている。それは自分が世話になるための対価としてだ。セラフィルにしてみればこの先様々な負担をかけるだろうからという報酬の意味もあったのかもしれない。
ただ、マルベリーが今まで一緒に旅をして見てきた様子を考えると、自分と同じような分類にセラフィルも入ったのだと思った。つまりは自分がしたいから面倒を見るんだよといったスタンスだ。それはアルムに対して見返りは全く必要ないということ。いつも申し訳ないと思っているが、こちらも意固地になると青年は非常に怒ってしまうため、なんとか恩着せがましくならないように怪我をしたら薬を塗るなどしてできることで返そうと思っている。
「これは旅に出る時に家にあったものをかき集めて売ったものです。なので……」
「いいから。な? いつか絶対に必要になる時が来るから」
なおも食い下がろうとしたセラフィルの言葉を遮るアルム。言葉は優しいが、それはもうこれ以上この話を続けるのは許さないという意思を感じ取り、女性は言葉をなくす。アルムにとっては不器用ながら何をしたらいいかを懸命に探しているマルベリーの好意はとても嬉しいものだ。それに比べて本人にはその気がないにしても、どうしてもお金で解決させるような感情をセラフィルとの先程のやり取りでは感じてしまったのだ。
「……わかりました」
「よろしい」
アルムが頷く。そして窓から外の様子を眺めた。もう辺りは真っ暗なために景色はほとんど見えないが、雨も風もなく穏やかな天気だということはわかった。外に出たらきらきらと輝く星を多く見ることができるだろう。
「それじゃ、気を取り直してと。このままいくとたぶん明後日も船が出港できる天気だと思うんだよね。だから出発するのは明後日な。俺は明日仕事に行くけど、みんなはおとなしく俺の分まで準備していてくれな。用意して欲しいものを書いておくから」
ここは比較的大きな港町のため、アルムがいない時は小さなエルフはジュレのもとにいた方が最も安全だ。だが、そうするといつまで経っても人間との生活に馴染めない。少しずつ慣れてきてはいるもののまだまだだ。ただ、セラフィルと二人であれば近くを歩くくらいはさせてもいいのではないかと思ったのだ。
もし何かあれば今日セラフィルの元に行った時のようにシルフィードやディーネから連絡が来るだろうし、行く場所さえ間違えなければそんなに危険なことも起こらないとだろう思う。
「な? 俺は仕事がしたいから買い物までする時間はないし、そうすると二人で手に入れてくれた方が効率がいいだろ。俺は助かるんだけどなぁ」
「うん。一人じゃないし大丈夫だと思うよ。行く行く!」
嬉々としてマルベリーが答える。せっかくの港町なのだから色々と見て回りたいと思っていた。何よりこの町に来てからずっとジュレの家に閉じこもりきりだったため退屈な思いもあったのだ。セラフィルも呪いの発作がない時は通常通り動くことができるし、もし人間との間で何かがあっても助けてくれるだろう。
「そしたら決まりな。セラ、このちびっ子の面倒を見てやってくれ」
「……は、はいっ」
「ちびっ子って何さ!」
呼ばれ方に少々緊張しつつもセラフィルは自分にできることが見つかり喜んでいるようだ。やれやれとアルムは思いつつ、途端に怒り出したマルベリーを宥める。
「まぁまぁ。その通りだから仕方ないじゃん」
なんだか更にその怒りを増進させてしまっているような気がするが、言っている本人がそれを楽しんでいるのだから仕方がない。
「うぅー。私は見た目はこんなのだけど16歳だって言ってるじゃない!」
「えっ。マルベリーちゃんは16歳だったんですか?」
非常に驚いている様子の女性が一人。ちなみにセラフィルは18歳とのこと。
「そうですよっ。セラフィル姉ちゃんひどいよ」
『まぁ仕方ないよ。エルフは成長が遅いんだから諦めなさいな』
この台詞は風の精霊。顔を赤くさせて興奮して怒っている小さなエルフを見て、アルムやセラフィル、果てはシルフィードやディーネまでみんなで大笑いした。
「そういえば、セラフィル姉ちゃんはどこの国から来たんですか?」
一通り今後の予定を話し合った後、再びアルムお手製の簡易世界地図を眺めながらマルベリーがふと尋ねた。セラフィルが指でチャモニーの上にある大陸を指差す。
「ここにあるフレシア公国ですよ。北国なので雪が降ります。マルベリーちゃんは見たことがないかな?」
「雪? すごーい!」
マルベリーは雪を書物の中でしか見たことがない。氷のように冷たいが、柔らかくてすぐに融けるということくらいしか知らない。今いるソプラ大陸でも一部地域では冬になれば降るが、ほんの少し前までは村の外にすら出ることができなかったため、今まで見る機会が全くなかったのだ。
「いいなぁ。色々と解決したらフレシアにも行ってみたい!」
「とてもきれいな街ですよ。私もしばらく帰ることはできないですが、よければ一緒に行けたらいいね」
「うん!」
笑顔で笑いあう女性二人。やはり同姓の方が気が合うのか、自分の時よりもセラフィルとの方が小さなエルフの心を開くまでの時間が極端に短いとアルムは思う。悔しいのか何なのかそれがどういった感情なのかはわからないが、思わず突っ込んでみたくなった。
「楽しそうだなぁ。マルベリーも時々混ざってるけど丁寧語抜けてるし」
「え?」
マルベリーはそう言われてようやくアルムの方を見た。青年も笑っているけれど、その表情にどことなく寂しさを感じるのは気のせいだろうか。
「俺には慣れるまでに時間がかかったのに」
アルムは、もしかすると自分が心から信頼されるまで多くの時間がかかったことを気にしていたのかもしれなかった。それは人間は怖いものという先入観もあったからだが、それは本心で応援して傍にいてくれている人から見ると苦しいものだったのかもしれない。
「ごめんなさい」
小さなエルフがぽつりと謝ると、アルムはばつが悪そうに頭をかいた。
「いいよ。たぶん同じような力を持ってるってことで何かあるんだろうなって思ってるし。俺にはそういうのは全然わかんないから」
同じ種族ではないが、同じような特殊能力を持っている人がいる。それだけでとても大きな強みになるのだとアルムは思う。それに、共にこの能力に関して苦労をしているのだから、そのことを原因に相手を傷つけたりはしないだろう。
「ありがとう……ございます」
「ほら、また。戻っちゃってるよ」
更に突っ込んだアルムの言葉にマルベリーは思わずえへへと苦笑した。
「あはは……。どうにも癖が抜けなくて。でも前よりは良くなったでしょう?」
確かに、時間はかかったけれど今こうして小さなエルフはアルムを本当の兄のように見ている。今まで家族以外の人とはずっと丁寧語を使っていたため、それが表に出ることもあるが、だからといって信頼していないというわけでは決してない。
アルムは普段はとても頼もしいのに、こうしたふとした時に垣間見える子供っぽい仕草に、本人には決して言えないけれどなんだか可愛らしさがあるなぁとマルベリーは思っていた。
夜。みんなが寝静まった頃。マルベリーはふと目が覚めた。正確に言うと、二人で使っている毛布をほぼ寝相の悪いアルムに持って行かれてしまったため、寒くて目が覚めたのだ。少し震えながらもなんとかまた毛布を奪い取って寝ようかと考えたのだが、ふと思い立って寝巻きのまま部屋の外へ出て行った。
アルムは隣で寝ていた小さなエルフの動きに気づいていたが、戸が閉まる前に小さく風の音がしたため、再び寝息を立てた。
裏口の戸を開けてそこに寄りかかり、外の空気を吸っていたマルベリーの隣に風の精霊が座る。
『どうしたの? ここは寒いよ。早く戻ろう?』
マルベリーを部屋に戻るよう促そうとしたが、小さなエルフはしばらく腰を上げることはなかった。
「シル、ありがとうね」
『何が?』
やがてマルベリーが呟く。突然のことにシルフィードは何を言われたのかよくわからないようだった。
「だって、助けてくれたんでしょう? セラフィル姉ちゃんの額の文様のこと。私がこれ以上考えるといけないから、自分で言ってくれたんでしょう?」
セラフィルの呪いがかかっている額を眺めた時、マルベリーは過去のことが頭によぎり冷静でいることができなくなってしまっていた。なんとか押し込めたが、それでもその状態が長く続くのは避けたい。それを考えさせないように、当たり障りのないようにシルフィードが自分のわかる情報を示してくれたのだと考えていた。
『そんなことないよ。私はただ、私の知っていることを必要としているディーネに教えただけだよ』
それだって、本来はいつでも教えてくれる機会があったということだ。わざわざあのタイミングを狙ったのには何らかの意図があったのに違いなかった。
「だって、シルって私のわからないことをもっとたくさん知っているでしょう。本当はそれを一気に教えてくれた方が色々と効率がいいのに、でもそれをしないのは、私のことを考えてくれているからなんでしょう? 私にはどんなことかわからないけど、でも、昔のことを思い出すと吐き気がするような、そういう症状がなるべく起こらないようにって考えてくれているんでしょう? だから私も、本当は早く知りたいけど、まだ私がそれに追いついてないんだって我慢してるんだよ」
シルフィードは驚いていた。いつからそのことに気づいていたのだろうかと。旅に出たいと言っていた時にもそういった言葉は聞いたことはあるが、それでもそういった考えにいまいち自信を持っていない様子だった。だが、先程の言葉は一応疑問系になってはいるもののほぼ断定。そして確認という感じだ。
なるべくそのようなことを悟らせないようにしてきたはずなのだが、マルベリーも成長しているということなのだろう。少ない情報から色々考えたのだろう。
『……まぁ、そうかな。そっかぁ。気づいちゃったんだね』
「わかるよ。それは。だってパートナーでしょう?」
そう言って微笑む小さなエルフ。だが、シルフィードがどうしてマルベリーのパートナーになったかなどはまだ伝わっていないだろう。このことは風の精霊にとって最重要の秘密でもあった。
『うん。そうだよね。でも、これからチャモニーに行くし。あそこはね、アルムさんも言ってたと思うけど、エルフがいる数少ないところなんだよ。だから、色々と手がかりも増えると思うよ』
シルフィードの言葉にマルベリーは更に微笑もうとしたが、先に大きなあくびが出てしまった。ゆっくりと立ち上がり、軽く伸びをする。
「そうだね。これからまたいろんなことがわかるんだよね。あとは、明後日にはとうとう船にも乗れるんだね。楽しみだなぁ」
そして裏口の戸を閉めて部屋へと戻っていくマルベリー。シルフィードはマルベリーが視界から見えなくなってもまだ同じ場所に佇んでいた。
『でもね、私は……今でもこのままでいいのかなっていつも悩み続けてるよ』
次の日。夜に目が覚めてまた寝てという状態だったため目覚めは悪く、散々に、そして懸命に起こされてもびくともしないマルベリーを傍目に、アルムはセラフィルに「頼むな」と一言残して早々と仕事斡旋場へ行ってしまった。残された女性はどうしようかと思い、色々と考えを巡らせていた。
毛布はとっくに引き剥がしているし、身体はアルムが何度もゆすっていた。頬を軽くではあるがつねったりもした。だが全く反応がない。穏やかな寝息を立てるのみだ。
おそらくアルムは小さなエルフが朝に弱いということを今までの旅で充分実感、もとい苦労をしてきたのだろう。時間の無駄だとあっさりセラフィルに任せた時点でいつものことなのだなと想像できた。
今日やることはアルムから頼まれた買い物と、あとは荷物をまとめたりこの部屋を片付けたりするくらい。元々セラフィルは持ってきたショルダーバッグ以外の荷物は持っていないし、それはマルベリーやアルムも同じで非常に軽装だ。そのため、あと少しだけ寝かせていてあげようと思い、窓の下の壁に寄りかかって座る。
今日も非常に良い天気だった。開けている窓から入ってくる風は比較的強いが、それでも暖かく爽やかなものだった。船が出港するにはこれ以上ない天気。今日が出発日でないのが残念だが、アルムが言っていたようにこのままいけば明日も同じような天気になるだろう。
太陽の光が差し込み、とても暖か。これではマルベリーが気持ち良く寝ているのも仕方ないかなぁと思う。そしてその無邪気な寝顔はやはり小さな子供のようでとても愛らしい。だが、この子も内に何かを抱えているとのことで、それがとても切なくもあった。
こんなに穏やかに過ごせる日は何日振りだろうか。自分も寝ないようにと気をつけながら、セラフィルは軽く目を閉じる。
これはまだ誰にも話していないことだが、セラフィルは追われるようにしてこの町へ来た。国を出てからはもう大丈夫だと自分で自分を納得させながらもいつ見つけられるかという不安な日々。そして更にいつ出るかわからない呪いの症状。それが、今はゆったりとこうして過ごしていられる。その喜び。
これはやはり安心感からきているのだと思う。今でも全くセラフィルを取り巻く環境が解決したわけではない。気をつけなければいけないことは変わらない。だが、過信は良くないが、いざという時に助けてくれる人がいるということがどれだけ幸せなことか。
もちろん、今まででもディーネが様々なことに対して守ってくれていた。おそらく水の精霊が傍にいてくれなければ自分は壊れていただろうと思う。感情面では申し分のないパートナーだった。だが、特殊能力を持っているとはいえセラフィルは人間。情けないことながらも自分は世間知らずだと自覚しているし、物理的にも誰かの助けが必要だった。
これだけのとてつもない安心感を与えてくれたアルムには感謝の思いをいくら伝えても足りない。もちろん、傍で寝息を立てているマルベリーにも。
「うぅん……」
マルベリーが寝返りを打つ。目が覚めたかなとセラフィルも目を開けて小さなエルフの顔を覗き込むが起きる気配は全くなかった。思わず脱力してしまい、両手がつま先につくくらい身体を前に倒す。
『もう、蹴っちゃってもいいですよ』
「えっ」
我慢も限界に達したのか、シルフィードがセラフィルの肩に乗って伝える。風の精霊によるとアルムも何度かマルベリーをそうやって起こしているらしい。反対の肩に座っていたディーネはもう笑いが止まらない様子だった。このまま寝かせていると昼になってしまう恐れがあるため、セラフィルもそろそろ起こそうと考えた。
「ディーネ、お願い」
さすがにセラフィルはマルベリーを蹴ることはせず、水の精霊に伝える。ディーネはパートナーの肩から立ち上がり、小さなエルフの傍に近づく。自らの温度を下げて氷に限りなく近い温度にする。そしてマルベリーの首筋にぴたりと張り付いた。
「……ひゃあっ。冷たいっ!」
飛び上がって起きたマルベリーに、その場にいた人達は一斉に笑い出した。本人には何が起きたのかよくわかっていないようだ。
「おはよう。マルベリーちゃん」
「おはよう……ございます」
少し経ってようやく事の経過が読み取れたのか、ばつが悪そうに微笑んだ。
「またやっちゃったんだなぁ」
マルベリーも自分の寝起きの悪さには自覚があるらしい。セラフィルは出窓に置いてあった眼鏡を持ってきて渡しながら元気よく伝えた。
「さぁ、顔を洗って軽く食事をしたら出かけましょう」
マルベリーにとっては念願の買い物。セラフィルと手を繋ぎながらもはしゃいでいる様子がその足取りからもとてもよくわかった。
今二人は裏通りから大通りの大きな商店街へ向かおうとしている。辺りを歩いている人々はうきうきと歩いている耳の長い人を指差したりしていて、それに対してむしろセラフィルの方が大丈夫かなぁとマルベリーを眺めていたが、浮かれている小さなエルフには目に入っていないようだった。考えないようにしているのか、本当に見えていないのかはわからないが、これも少しは慣れてきているということなのだろう。
セラフィルには見た目で特殊能力者だとわかることはないが、過去に何人かにはやはり知られたことがある。その時の反応をとても悲しく感じていたため、マルベリーは強いなと改めて思った。
アルムから頼まれた買い物は全部で三つ。保存食と小さなナイフ、そしてチャモニー行きの乗船券だった。ちなみにこの商店街には薬草屋もあるらしく、必要があれば寄って買ってもいいとのことだった。
マルベリーが食事を摂っている間にジュレに描いてもらった地図を見ながら、まず小さなものから揃えようと金物屋へ入る。ナイフを買うには本当は武器屋へ行く方が正しいのだろうが、なんとなく怖いイメージがあって入りにくかった。金物屋であれば女性もいるだろう。予想通り果物ナイフがあったためそれを購入。
続いてはチャモニー行きの乗船券を手に入れるべく港まで向かう。これは早く港が見たいと言っていたマルベリーを考慮したのだろうなぁとセラフィルは思った。
港についてはセラフィルがこの町に着いた時に何度か見て回っており詳しく、マルベリーはおとなしくその後ろを歩く。
賑やかな雰囲気に圧倒されそうになりながらもなんとかはぐれないようについて行く。途中で人込みに巻き込まれぎゅうぎゅうと押し込められたけれど、身体が小さかったためかなんとか乗り越えた。その傍ではセラフィルも一息ついていた。
「やっぱり天気のいい港はいつも混んでますね。ふぅ」
ここには明日自分たちが乗るチャモニー行きの船の他に、数々の国や地域へ旅立つ船が多くあるのだろう。その行き先にはどのような景色が広がっているのだろうか。港は夢のある場所だとマルベリーは海の向こうの島々に思いを馳せた。
「おぅ。マルベリー、セラ」
急に声をかけられて驚く二人。声のした方を見てみると、そこにはアルムがいた。今日は港に着いた船の荷物搬入の仕事を受け持っていると言う。シャツの袖をぐるぐるとめくって大きな荷物を肩に担いでいた。その重さはわからないが、大きさだけで言えば小さく座ったマルベリーが一人すっぽりと入るかもしれない。
「わぁ。アルム兄ちゃんだ。大きな荷物だね。お疲れさま」
「おうともさ。この辺りで仕事してれば来ると思ったよ。だけど随分遅かったなぁ。おおかたマルベリーの寝坊に付き合って大変だったんだろ」
セラフィルの方を眺めてそちらこそお疲れさまというように呟くアルム。またも小さなエルフの頬が膨らみそうになったが、それを遮って青年は更に言葉を続けた。
「そうだ。セラ、ついでだからこの寝ぼすけを海の傍まで連れてってやってくれないかな。そのくらいの時間はあるだろうし。明日の船の出港時間聞いて驚いたんだよ。絶対こいつ起きないくらい朝早いんだ」
「ひどいー」
結局頬を膨らますマルベリー。でも今日の大寝坊は本当のことで全く反論できないし、何より海の近くに行けるのはとても嬉しかった。
「アルムー。いつまで突っ立ってるんだ。早く持って来い!」
先程からアルムの様子を見ていた仕事仲間が痺れを切らしたのか声がかかる。アルムは「やべ」と呟きながら慌てて荷物を持って行った。
「それじゃ、乗船券を買ったら行ってみましょうね」
「うん!」
心の中にわくわくする気持ちを抱えながら、再びマルベリーはセラフィルに手を引かれて歩き出した。
チャモニー行きは人気らしく在庫が危うかったが、なんとか乗船券売り場で目的のものを手に入れた二人は、港から少し離れたところにある砂浜へ向かっていた。
港でずらりと並んでいる船の合間から見えていた鮮やかな青色にも驚いたが、砂浜だと海がとても広く見える。天気が良いため水平線もはっきりと見えるし、ざぶんと音を立てて押し寄せる波がマルベリーを非常に興奮させた。そして、やはり傍にいる水の精霊もセラフィルの肩で何やらそわそわしていた。よく見てみるとディーネの仲間が数多く戯れているのが見える。
「水に入っても大丈夫?」
恐る恐る尋ねる小さなエルフにセラフィルは優しく微笑んだ。
「大丈夫。ただ膝まで水に浸らないようにしてね。私はここで座っているから」
そう言って砂浜に膝を曲げて座るセラフィルを眺めてから、マルベリーはいそいそと履いている靴を脱いだ。今日はスカートで良かったと心から思う。ディーネはシルフィードと共に先に海に行き、仲間に色々と挨拶や紹介をしているようだった。
辺りに他の人もいないため思い切りはしゃぐことができる。準備ができてから少しずつ水に入っていく。その度に波の力を足に感じてよろけそうになるが、なんとか耐えた。
水は冷たいが、それでも天気が良くて気温が高かったためにとても心地良い。次第に足の感覚も慣れてきてふくらはぎくらいの深さでは普通に歩くことができるようになっていた。
一人できゃあきゃあ声を上げながら辺りを歩き回ったり、両手をつけてばしゃばしゃと水しぶきを立てたりしてしばらく楽しんでいたが、やっぱりセラフィルと遊んだ方が楽しいと思い、一緒に海に入ろうと呼びかけようとした時だった。
ディーネが高速で小さなエルフを通り過ぎ、砂浜へと戻って行く。その行き先にマルベリーも視線を合わせるとそこにはつい先程まで座って暖かく見守ってくれていたセラフィルが倒れ込んでいた。
「セラフィル姉ちゃん!」
マルベリーも急いで水を掻き分け砂浜へ戻る。ひとまずなんとか倒れている状態から身体を起こし、申し訳ないと思いつつも両腕を引っ張って砂浜の隅に一本立っていた木に寄りかかるように座らせた。また呪いの発作が起こってしまったのだろう。この状態は薬では治せない。
どうしようかと頭を巡らせるが、ひとまずは発作が治まるまで様子を見るしかない。ショルダーバッグから取り出した布で汗を拭きつつ、発作の頻度がこんなにも近いのかと焦らずにはいられなかった。
辺りに人がいなく助けを呼ぶこともできないが、その分万が一襲ってくる輩もいないということで、そういう意味では危険ではないことだけが唯一の救いだった。