そよ風が吹く頃

彼女の展望


これってもしかして、
あれじゃない?

僕もそうだと思うよ。
でも、どうしてだろう。
こんなことできる人って、もう
ほとんどいないはずだよ。

そうだよね。誰なんだろう。
それでも、今はとにかく
助けてあげなくちゃ。

どうするの?

うーん……。ひとまずは
話をしてみるしかないかな。



「エルフが、呪いを……」
 マルベリーとシルフィードが下を向いて考え込んでいるのをディーネはじっと見つめていた。
『ねぇマルベリー、知らない? セラの呪いを解く方法。このままずっと苦しんでいるセラフィルを見ていくのはつらいよ』
 状況を知らないため、エルフの存在自体に望みをかけているディーネの様子に、小さなエルフはとても申し訳ない気持ちでいた。
 マルベリーはセラフィルの額に描かれていた文様を再び頭の中に浮かべてみる。普段はバンダナの下に隠されているそれは、上から触れてみても非常に熱を持っていた。強い力を持っているものなのだろう。仕掛けたのはやはり特殊能力を持っている人に間違いない。そしてディーネはその瞬間を見ていたのか、完全にエルフと限定していた。
 マルベリーも、記憶はなかなかまとまらないが、見たという感覚は残っている。それはどこでなのか。頭を抱えて目を閉じながら必死に思い浮かべる。視界を閉じた中で禍々しい文様だけが駆け巡る。
 どこかで引っかかりはあるものの、思い出そうとするとなんだか頭がひどく痛み、自然と身体が震えてきてしまう。思い出したいことなのに、どこかでそれを拒否しているような思いもあるのだろうか。
 一瞬、何かが見えたような気がした。本当にごくわずか。
 すぐに消えてしまったためわからないが、どこかの部屋だろうか。暗くて辺りの様子は全くわからない。その中であの文様が黒光りしていたような気がした。
 あの場所で起こっていたこと。あの場所にいたこと。なんだろうと思う。マルベリーが今の生活をするようになる前の記憶なのだろうか。わからない。わからないけれど、身体全体でこれ以上思い出してはいけないと強く警告が出されていた。

「……ごめんなさいっ!」
 必死に声を振り絞る。マルベリーのその声はひどく掠れ、その身体からは汗が滲み出て着ている服を濡らしていた。部屋の中にいる全員の視線が一気に集中する。
 マルベリーは肩で息をしながら「ごめんなさい」ともう一度言う。見たくない。もう見たくないのだ。それでも記憶を取り戻し、エルフの仲間も見つけたい。それぞれの思いに挟まれて思わず両手を胸に当てるが、今はまだだめなのかもしれない。どうしたらいいのかはわからないし、次第にとても怖くなってはくるが、それでも前へ進みたいし、進まなければならない。
 少しずつ、少しずつ耐えていこうとマルベリーは無理矢理結論づけた。先程の記憶もセラフィルの文様というヒントがあったからこそ出てきたもので、こういった些細な情報から引き出される記憶に立ち向かっていくことで全てが繋がっていくのだろうと考えた。……一度にでは耐えられない。
 急変した小さなエルフの様子に誰もが言葉を失っている中、マルベリーは必死に出てきた記憶を引っ込める。まだ身体は震えていたが、周りを眺める余裕はなんとか出てきた。
「……すみません。急に。なんだかわけわからないですよね」
 気を振り絞って苦笑する。それからディーネを見つめた。
「ごめんなさい。実は、私は六歳になるまでの記憶がないんです。そして六歳からは人間の両親に育てられたんです。なので、エルフとしての私の記憶は今はないんです」
 そして一息つく。胸の辺りで握りこぶしを作っている手の力が更に強くなる。
「今、ちょっと、ほんのちょっとだけ思い出せそうな気もしたんですが、耐えられそうになかったので思い出すことをやめてしまいました。お役に立てなくて申し訳ないです」
 ぺこりと頭を下げるマルベリー。そして苦笑するその姿はなんだか自嘲気味で、辺りに気を遣わせるには充分だった。少し経ってからその様子にようやく気づき、懸命に笑う。
「あ、あはは……。すみません」
 やってしまったなぁという表情。両腕の緊張を解き、右手で頭に触れる。マルベリーにはまだ心と表情とを切り離すことは難しい。思ったままのことが顔に表れてしまうのだ。そういう点でもまだまだ子供だと自分でも思った。


『エルフの種族に古くから残っている呪いの文様です』
 静かに声が響いた。マルベリーもディーネもはっとしてその声のした方向を見る。
 小さなエルフの左肩に座っていたシルフィードだった。風の精霊はこのメンバーの中では最も物知りで多くのことを胸に抱えている。いくら問い詰めても決して教えてはくれないが、もしかすると自身の生い立ちについても何か情報を握っているのではないかとマルベリーはいつも思っていた。
 パートナーにすら隠し通すような情報。それは何なのか、どうしてなのかは知る由もないが、何か理由があって話さないのだろうと考えている。非常にもどかしいが、おそらく先程マルベリーが起こしたような症状などにも影響があるのだろう。知りたいが、知ることが怖くもあるのだ。
『シルフィード、何か知ってるの?』
 部屋の主であるジュレの机に座っていたディーネが身を乗り出して聞いてきた。心からセラフィルを心配しているということが強く伝わってくる。できることは何でもしてあげたいということなのだろう。その無邪気さがマルベリーにはとてもうらやましく感じた。
『先程のセラフィルさんの額に浮かんでいた文様なのですが、これはエルフ特有のものです。なのでディーネさんの言われた呪いをかけた人というのがエルフであることは間違いないでしょう』
 淡々と語るシルフィード。おそらく他にもこの呪いにかかった人を見たことがあるのだろう。それにしても、風の精霊からは基本的にエルフは戦いを望まない種族だと聞いたことがある。それなのにどうしてこのような強い力を他人へ発動させることがあるのだろうか。
『この呪いなのですが、文様の模様によって三種類に分かれます。一つは一瞬で相手の命を死に至らしめる最大の力を持つもの。ただし、これは使った術者にも影響が出ます。最悪の場合共倒れもありえます』
 なんだか、今までエルフという存在として捉えていた特徴ががらりと変わるような印象があった。自分はそんなに攻撃的な種族の血を引いているのだろうかとマルベリーは無性に怖くなった。
『二つ目は今回のセラフィルさんのように、少しずつ身体全体を蝕んで、結果的には死に至らしめるもの。これは術者にも影響はなく安全です。効果は、完全に術者の能力に影響されます』
『セラフィルにかけられたのはどうなのかわかる?』
 まっすぐ飛んできたディーネからの質問に、シルフィードは首を横に振る。
『申し訳ないですが、文様は完全に同じものなので、見ただけではわからないです。症状を見た限りでは、まだ大丈夫だと思うのですが……』
 ディーネの様子が明らかに落胆しているのがわかる。それでも、いい結果ではないにしろ、最悪の結果も導き出ていないのだから、まだ望みはあるとマルベリーは思う。
 ふとシルフィードが二人から視線を外し、ジュレの部屋に唯一ある窓から外を眺めた。あともう少ししたら夕焼けがきれいに見える時間になるだろう。
『私の知る限りで最大の能力者でも、発動してから約一年はかかりました』
 外を眺めていた風の精霊はどこか遠くを見ているようで、それでもどこも見ていないような表情をしていたが、しばらく経ってから再び二人の方を向いて話を再開させた。
『セラがああなってからは……まだ一年は経ってないけど、もうすぐだよ。どうなるんだろう』
 腕を組んで考え込むディーネ。まだ間に合うのか手遅れなのかが全くわからない。それでも、とにかく今は一刻も早くセラフィルの呪いを解くように動くだけなのだ。
『確実にとは言えないかもしれませんが……。エルフは長命な分滅多に新たな命が生まれません。少なくとも私は私が知っている術者以上の人が生まれたという話は聞いたことがありませんし。確かに急いだ方がいいとは思うのですが、まだ諦めるには早いです』
 先程から落ち着かないのか腕を組んだり解いたりを繰り返していたディーネは、そのシルフィードの言葉に随分と救われたようだった。少しだけではあるが微笑みが見える。
 マルベリーは先程からずっとわけのわからない恐怖に囚われていたが、シルフィードに頬を撫でられてようやく我に返った。
『ちなみに、最後の一つは遠隔操作です。他人を操るものですね。まぁどちらにしても、この呪いは禁じ手です。こんなに強い力を簡単に使っていいわけがないです。元々エルフは平和の象徴みたいな種族ですよ』
 改めてシルフィードから強くエルフの特性を聞いてマルベリーは心から胸を撫で下ろした。エルフが好戦的な種族だなんて考えたくもない。そして、そういった種族なら、もしかしたら会いたくないと思ってしまうかもしれない。自分もそれに含まれているとは思いたくないのだ。
『今ではもう、この力を使える人も少なくなりました。私としては、こんな能力早くなくなってほしいと思ってます』
「どうして? エルフだったら誰でも使えるわけじゃないの?」
 マルベリーの質問に首を横に振るシルフィード。
『この力は、精霊から力を借りてじゃなくて、自分自身に魔力がないと使えないものなの』
 風の精霊はパートナーへ説明をする時は丁寧語を抜いて話す。話し方も心持ち優しいような気がする。
「前に、精霊の力を借りなくても魔法が使えるって言ってた人達のこと?」
『そう。もう今だと一桁くらいの人数しか……あっ』
 話を遮って急に考え込む。マルベリーの「シル?」という言葉にも反応がない。ディーネと二人で顔を見合わせ、思わずシルフィードの表情を覗き込んでしまうが、しばらくそれに気づくことはなかった。
『……ちょっと考え事してしまって。ごめんなさい』
 少し経ってからようやく気づき、苦笑しながら二人をそれぞれ眺めてきた。
『話を戻しますね。それで、肝心な呪いの解き方なのですが』
 シルフィードの真剣な顔に、思わず二人も真顔になる。ディーネはごくりと息を飲み込んだ。
『もちろんこれは、同じく呪いをかけられるような力を持っている人にしか解くことはできません。更に、術者よりも高い能力を持っている人に限られます』
『ちょっと待って。そしたらセラの呪いを解ける人ってものすごく少ないってことじゃない。いるの? 呪いをかけたあのエルフよりも力のあるエルフさんって』
 ディーネが慌てたように尋ねる。それでも一瞬顔を上に向けて何かを考えた後、両手をぽんと胸の辺りで一度合わせた。
『そっか。シルフィードが知ってるっていう最大の能力者さんに頼めばいいんだよね。その人よりも呪いをかけた人の方が上ってことはないよね。たぶん』
 気を奮い立たせたディーネに向けて、シルフィードは静かに首を横に振った。
『とても悲しいことなのですが、その人はもう……亡くなっているんです』
『え?』
 ディーネの笑顔が固まる。セラフィルを元気にするための手段を発見できて喜んでいた気持ちがまた少しずつ小さくなってくる。頼りの術者が既に亡くなっているということは、新たに見つけ出さなければならないということだ。
 その存在はもうかなり少なくなってきているというのに、どうやって見つけたらいいのだろうか。しかもセラフィルの場合はできる限り早くしなければならない。
『そうしたら、どうしたらいいの? どうやって見つけたらいいの?』
 ころころと表情の変わる水の精霊を風の精霊ははっとしたような顔で見つめた。言い方が悪かったかもしれないと反省する。
『ごめんなさい。当てがないわけじゃないんです。確証はないですが、一人だけ、術者を知ってます』
『シルフィード!』
 声を荒立てるディーネ。その目には涙が浮かんでいた。もうどうしたらいいかわからないのだろう。胸の前で手を組み、祈るような様子だ。
『なので、一緒に行きましょう。これから私達が行こうとしている街に、その人がいるはずです』
 シルフィードはマルベリーを見た。そしてこくりと一度頷く。言葉はなかったがマルベリーもその意図を感じて頷いた。『いいよね?』という確認だ。
「私もそう思ってたんです。セラフィルさんとも一緒に旅をするようになったら、私にとっても記憶を取り戻すヒントになるんじゃないかって」
 そして、シルフィードがマルベリーに確認を取ったように、今度はマルベリーが部屋の壁に寄りかかっているアルムに確認を取るように顔を眺める。アルムは持っていたパンを食べた後、目を閉じて三人の会話が終わるのをじっと待っていた。
「アルム兄ちゃん、セラフィルさん達も一緒に連れて行ってもいい?」
 アルムには精霊であるシルフィードとディーネの声が聞こえないため会話には参加していなかったが、マルベリーが話しかけてきたことで閉じていた目を開けた。
「私も、セラフィルさん達も、エルフを探すっていう目的は同じでしょう。だったら一緒に行った方がいいんじゃないかなって思うんだ」
「セラフィル達も、エルフを探しているのかい」
 アルムの一言でマルベリーはしまったと思った。シルフィードとディーネの声が聞こえなければ今までの会話も全く意味がわからないだろう。
「えっと、後で詳しく説明するね。ひとまず簡単に言うと、セラフィルさんに呪いをかけたのはたぶんエルフで間違いなくて、その呪いを解くのもエルフじゃないとだめで、これから私達が行こうとしているところに呪いを解ける人がいるらしいの」
 かなり端折った説明ではあったが、なんとかアルムは理解したようだった。
「つまり、セラフィルはマルベリーと手段も目的も同じってことだな。確かにそれだったら一緒に行動した方がいいかもしれないなぁ。マルベリーもそうだろうけど、あんな状態のセラフィルを放ってはおけないし」
「そしたらいいってことだよね。ありがとう!」
 こういったことは勝手に決めることができない。何しろマルベリーが今こうして旅をすることができているのはアルムが連れてきてくれているからなのだ。そして、セラフィルが呪いをかけられている状態では一緒に旅をするに当たって確実にアルムの負担になる。
 具合の悪い時は背負ってもらうことになるだろうし、万一の時に守る対象が一人から二人になるのだ。マルベリーにはプラスになることがあっても、アルムにとってはマイナスでしかないと思った。そのために二つ返事で了承をもらえたことはとても嬉しかった。
「アルム兄ちゃんから許可もらえました。良かったら一緒に行きませんか?」
 マルベリーが二人の精霊の方へ向き直ったのを見て、再びアルムは目を閉じた。寄りかかっている壁はセラフィルが眠っている部屋の壁でもある。そして目を閉じているのは集中力を高めるため。今いる場所は安全だとは思うが、万が一のこともある。アルムにとっては状況がわからないということもあり、何かがあったらすぐに対応できるようにはしておこうとしていたのだった。
『私は、望みがあるならそれにすがりたいよ。正直に言うとね、セラはああいう状態だからあまり行動範囲を広くできないし、あたしは人間じゃないから人に話を聞くとかできないし、無駄に時間ばかり過ぎちゃって、焦ってたんだ』
 ディーネがここでようやく心からの微笑みを見せてくれた。ずっと気を張り詰めていたところもあったのだろう。その瞳に浮かんでいる涙は、今度は嬉し涙だった。
『迷惑ばかりかけると思うけど、よろしくお願いします』
 頭を下げるディーネ。マルベリーは立ち上がって水の精霊のそばまで行き、頭を優しく撫でた。
「そしたら決定ということで。ディーネさん。こちらこそよろしくお願いします」
『うん。セラフィルも絶対喜ぶよ!』
 にっこりと頷くディーネを見て、マルベリーも自然と笑顔がこぼれた。
 いつの間にか外は薄暗くなり、窓の外からは鮮やかな夕焼けが見え、茜色の光が部屋の中へ差し込んできていた。


「そういえば、ディーネさんはいつからセラフィルさんのところにいるんですか?」
 先程までの重苦しい話の内容から一転し、マルベリーはふと気になっていたことをディーネに質問した。
『あたしはあたしが生まれた時からセラのそばにいるよ。セラはあたしが生まれた時のことを知ってるんだ』
「そうなのですかっ。私の場合は6歳からなんですよ。うらやましいですね」
 ディーネはセラフィルのことをとても嬉しそうに話してくれた。心から大好きなのだろう。だが、徐々にその顔が苦笑に変わる。
『あ、そういえばセラから状況説明をお願いねって言われてたんだった』
 セラフィルにかけられた呪いの話になってからすっかり夢中になってしまい話がそれてしまっていたが、これから共に旅をすることにもなるし、こうして会うまでの経緯は話しておいた方がいいとディーネも思った。
『何から話したらいいんだろう……』
 マルベリー達と出会うまでもこの二人には本当に数々のことがあったのだろう。短くまとめて話すのは難しいのかもしれない。それでも特に急ぐこともないと思ったため、マルベリーはシルフィードと共に静かにディーネの頭の中がまとまるのを待った。
『うーんと……セラの国のことから話した方がいいのかなぁ……あ!』
「……セラフィルが目を覚ましたようだよ」
『セラが起きたみたい』
 三人の会話が終わるのをじっと待っていたアルムが隣の部屋から物音を感じ取り皆に伝える。ほぼ同時にディーネもそれに気づいたが、考え事をしていた分言葉は若干アルムの方が早かった。青年にはもちろん気づかれるはずもないが、水の精霊が非常に驚いた表情を浮かべているのをマルベリーとシルフィードはしっかりと見ていた。
「具合、良くなっているといいよなぁ」
 アルムが隣の部屋へ向かう。マルベリー達もその後に続こうと立ち上がって移動を始めた時、頬にひんやりとしたものを感じた。ディーネだった。
『ねぇ、あの人アルムって言ったよね。何者? セラの感覚をあたしより先に感じ取るなんて』
 怪しんでいるわけでは決してない。ただ悔しいだけなのだろうとマルベリーは思ったが、そのあからさまな様子に思わず笑ってしまった。
「私も最近……でもないかもしれないですが、一緒に旅を始めたばかりなので、実はあまり詳しいことはわからないんです。でも、少なくとも私を助けてくれますし、信頼できる人ですよ」
 マルベリーの言葉にディーネが『ふぅん』と呟く。これは完全な焼きもちだと思い、思わずにやりとする。頬が膨らんだ水の精霊を眺めながら「すみません」と謝り、真面目な話をするべく顔を元に戻す。
「上手く言うことができないんですが、すごい人だと思うんです。いつもにこにこしてますが、色々なところに気を遣って下さっているんだなぁって思います」
『そうなんだ』
 ディーネも怒りの表情から普段の顔に戻った。
「だから、安心していいと思いますよ」
『うん。大丈夫。あたし単純にどんな人なのかなって思っただけだから。任せて平気ってことだよね』
 にっこりと笑ってディーネが答える。水の精霊にしてみると、シルフィードに誘導されて先程セラフィル達がいた公園まで辿り着いた時点からアルムの存在はとても気になっていたのだった。
 話が一段落したため、一足遅れで隣の部屋へ移動しようとしたマルベリーをまたディーネが呼び止めた。
『あとね、ついでだから今のうちに伝えておきたいんだけどね』
「はい。何ですか?」
 マルベリーは再び後ろを振り返って答える。ディーネはマルベリーの口の辺りをまっすぐ指差した。
『その喋り方。あたしにもシルフィードとかと同じようにしてほしいな。そしてね、たぶんセラもそう思うと思うんだ。セラもね、そういう喋り方、あまり好きじゃないんだよ』
 思ってもみなかったことを言われ、、今度はマルベリーの方がにっこりと笑って答える番だった。
「わかったよ。ありがとうディーネ」


「具合はどうですか?」
 ディーネと共にセラフィルのいる部屋に戻ったマルベリーは軽く声をかけつつ容態を診る。先に入っていたアルムの姿が見えないと思ったら、後ろから水の入ったカップを持って来ていた。シルフィードは窓辺に腰をかけている。
「ご迷惑をおかけしました。ゆっくり寝たら痛みはほぼなくなったみたいです」
 先程より随分顔色も良くなっており、つい先程は自分で歩くこともできない状態だったとはとても思えない。自分でつけたのか、額には再びバンダナが巻かれていた。そこに手を触れてみても熱くはない。それでも体力は多く消耗しているだろう。
 ちょうどアルムが水を持ってきてくれて良かったと思いながらマルベリーは部屋に置いてあったショルダーバッグから小袋に入った薬の包みを取り出した。使う頻度の高いものは時間に余裕のある時にいくつか予備を作っておいてあるのだった。
「それは良かったです。これ、疲労回復の薬です」
「ありがとうございます」
 セラフィルは寝ていた状態から起き上がり、壁を背にして座っていた。マルベリーとアルムから薬と水をもらって飲む。
 遠くからアルムを呼ぶ声が聞こえてきた。店舗部分にいるジュレだった。アルムは薬を飲み終わったセラフィルからカップをもらい、部屋を出て行った。
「本当に、症状が出ない時は普段通りに行動できそうですね」
 マルベリーは改めてセラフィルを眺めていた。エルフである自分と同じくらい白いと感じた肌は具合が悪いからではなく元からだったようだ。腰まで伸びた長い金髪がさらさらでとても憧れる。
『セラ、ごめんね。セラが寝ている間に状況説明できなかったよ』
 ディーネがセラフィルの肩に座って申し訳なさそうに呟く。セラフィルはそんなパートナーに優しく触れた。言葉はなかったが大丈夫と言っているかのようだった。
『でもね、とっても良いことを聞いたの。あのね、マルベリー達が、呪いを解ける人のところに連れてってくれるって!』
「え?」
 セラフィルは驚いているのか目を見開き瞬きをした。
『呪いの仕組みと解き方について説明してもらったの。これって限られた人しか使えない力なんだって。だからマルベリーは使えないんだけど、シルフィードが使える人を知ってるって!』
 興奮気味で懸命に伝えるディーネだが、それが相手に伝わるまではもう少し時間がかかりそうだった。セラフィルはなんとか断片的な情報で理解しようとする。
 マルベリーはアルムと同様、目の前の女性にも先程の話の内容はしっかりと伝達させなければと思った。
「えっと、呪いに関してはシルが色々な情報を持ってます。なのでお役に立てると思います」
 ひとまずマルベリーも会話の概略を話してみる。
「あとエルフを探すということでは私もそうなので、目的が一緒なんです。なので、良ければ一緒に旅をしましょうという話になったんですよ。セラフィルさんはそれでもいいですか?」
 ディーネもマルベリーの言葉にうんうんと頷く。セラフィルはまだ完全には理解してはいないが、今後は小さなエルフ達と行動を共にすること、そしてパートナーは既にこのことに了承済みだということはわかった。
「まだわからないところもありますが……でも、私達だけでは今後も旅をすることは難しいと思います。なので、一緒に行動していただけるのはとても嬉しいです。でも、いいのですか? 私達では迷惑でしかないと思いますし」
 マルベリーはセラフィルを見つめて微笑みながら首を横に振る。迷惑なんてことは考えられなかった。
「私もセラフィルさんと旅をすることでプラスになることはたくさんありますから。それにしても、ディーネと同じことを言うんですね」
 片手を口に当ててにこやかに笑う。マルベリーもシルフィードと言葉や行動が重なることがある。やはり一緒にいる時間が多いと考え方も似てくるのかなと思った。


「マルベリー、ジュレが呼んでる。お駄賃くれるってさ」
 ノックの音がして部屋の戸が開き、そこからひょっこりとアルムが顔を出す。昼に手伝ってもらったお礼をしてもらえるとのことだった。
「お駄賃? もう、ジュレさんもアルム兄ちゃんも子供扱いして!」
 心なしかにやにやしているアルムを軽く一瞥し、居間へ行くべく立ち上がる。
『それでももらいに行くんだ』
 シルフィードも窓辺から立ち上がり、マルベリーの頭の上に乗る。一瞬髪の毛がふわりと踊った。
「うるさいよシル。それに違うの。セラフィルさんの方が落ち着いたから、今度はまたジュレさんのお仕事を手伝おうと思っただけなの」
「わかったわかった」
 アルムが先にジュレのところに戻り、シルフィードもその後ろをついて行く。マルベリーは両腕を曲げ、握りこぶしを作り「信じてないでしょう!」と憤慨する。そしてセラフィルがその様子を微笑みながら眺めていた。
「あの、マルベリー……ちゃん?」
「はいっ。その呼び方でかまわないですよ」
 恐る恐るではあるが、ちゃんづけで名前を呼ばれた。マルベリーにとってみればさん付けの方が性に合わないため、むしろこちらの方が慣れているし心地良い。
「……ありがとう。あなたと会えて嬉しい。私はエルフを探していたけれど、正直、怖くもあったの。でも同じなのよね。私だって普通の人とは離れているし、偏った見方はいけないってわかった」
 セラフィルはもしかするとマルベリーとどのように接したらいいのかを図りかねていたのかもしれない。あらかじめ種族に関する知識はあっただろうが、セラフィルにとってエルフはこれまで自身に呪いをかけた種族でしかない。
 それでも、マルベリーはこうして見ていても非常におとなしく、そして明らかに攻撃的ではない。外見が幼児のため、患者に対する毅然とした態度にはまた違う意味で驚かされたが、先程のアルムやシルフィードに対しての子供らしい印象に結局は人間の子供と大して変わらないんだとわかり、とても気が楽になっていた。
「普通にしていてください。所詮はこんなのですし。こちらこそ、私自身は全然お役に立てなくて申し訳ないです。詳しくは後々になりますが、私にはエルフとしての記憶がない状態なので」
 先程ディーネに対してもしたようにぺこりと頭を下げるマルベリー。セラフィルは壁で身体を支えながらゆっくりと立ち上がり小さなエルフのそばに向かう。そして床に膝をついて視線を同じくすると、ふわりと抱きしめた。心地良い温かさが伝わってくる。
「そんなことない。マルベリーちゃんは充分私の助けになってくれているわ。私を仲間に入れてくれてありがとう」
 セラフィルからの言葉にえへへとはにかむ小さなエルフはとても可愛らしく、片手でマルベリーの頭を優しく撫でる。
「なんだかもう一人妹ができたみたいね。私、二つ年下の妹がいるの。弟もいるんだけどね」
「兄弟がいるっていいですね。私は一人なので。でも、私もお姉ちゃんができたみたいです」
 まだ知り合ったばかりの上に互いの状況などもわからないが、マルベリーもセラフィルもそれぞれが今後とても仲良くやっていけそうだと思えた。
「お姉さんのように接してくれてかまわないのよ。私って堅苦しいのは苦手なの。だから、私も……アルムさん達と同じように呼んでくれたら、とっても嬉しい」
 ぽつりと聞こえてきたその言葉に、マルベリーは先程ディーネが言っていたことを思い出していた。セラフィルは丁寧に話しかけられることを嫌っているようだ。単なる謙遜なのか、何か理由があってのことなのかはわからないが、少なくとも目の前の女性に対しては警戒を持つ必要は全くなかった。それは同じ特殊能力を持つ者としての親近感のようなものも手伝っているのかもしれない。偏見に関する苦労を知っていれば、それに対して攻撃をしてはこないだろうから。
 マルベリーはセラフィルの青く透き通った瞳を見ながら微笑んだ。少々悪戯っぽく顔を斜めに傾ける。
「セラフィル姉ちゃん?」
「……ありがとう」
 小さなエルフを抱きしめる腕に少しだけ力が込められた。
 マルベリーは年齢で言えば16歳ではあるが、エルフの成長度合いではまだまだ子供。そのため本来であれば普段から砕けた感じの話し方をしても決しておかしくはない。ただ、人々から特異な目で見られたり、攻撃を仕掛けられたりという特殊な環境の中で育ったために、旅に出るまでは両親にしか心を許すことができなかったのだ。
 実際に旅に出て様々な人々を見たことで想像とは違う面もあり、大げさに怖がりすぎだと思えるようにはなってきたが、人々みんなにすぐに仲良く接せられるかと言われれば確実に無理だ。それでも、できることならもっと人を信じたいと思う。
 身体全体を包み込んでくる優しい心地良さに浸りながら、マルベリーは今後も人間に対しての価値観がいい方向へ変わっていくのだろうと考えていた。

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