そよ風が吹く頃

港町の中で


ねえねえ、なんだか不思議な感覚。
私と同じような力を感じるよ。

本当だ。こんなところで珍しいね。
でも、そうしたらいい手がかりになりそう。
もしかしたら仲間かもしれないよ。

そうだね。そうだったらいいな。
ちょっと気がかりなところはあるけど。

そうなの? 気づかなかったよ。
そうしたらちょっと気をつけないとだね。

うん。だから近いうちに行ってみるよ。
安全なのをきちんと確かめたら、
ちょっと会わせてみたいかもね。



 マルベリーは一週間前に起こった事件の後から、急激にアルムとの距離が狭まってきているという自覚があった。きっかけはアルムが「もう少し気兼ねなく接してくれていい」と言ってくれたからだが、その時に何気なく呟いた言葉が大きな理由となっているようだった。
 マルベリーにとってみれば精霊たちは常に自分たちを見守って助けてくれる存在だ。精霊たちのいない暮らしなんて想像もできない。それだけ生活にとても密接しているのだ。だが、人間たちは基本的に目に見えるものしか信じない傾向にあるのではないかと思う。それだけが全てではないのに。
 それでも、アルムは無意識にかもしれないが、それらの存在たちも全て認めた上で行動を取っている。前からもしかしたらという思いはあったけれど、言葉として聞くまでいまいち信じ切れなかったのだ。
『精霊を見ることはできないけど、感じることはできるんだな』
 この何気ない言葉にどれだけの驚きと喜びを感じたか、当の本人は全く考えていないだろう。むしろ、そうだからこそ安心して心を開くことができる。
 一緒に旅をするようになってからアルムのことはもちろん信頼していたけれど、そのうちの何割かは疑う心も持っていたのかもしれない。マルベリーはそういった感情を持っていたことをとても恥じた。
「あれ。まだ起きてたんだ。明日からまた旅に出るから早く寝とけって言ったのに」
 部屋の扉が開き、アルムが入ってくる。マルベリーは寝室にとあてがわれた孤児院の一室でずっと考え込んでしまっていたのだ。もう既に夜遅く、普段であれば寝ている時間だった。
「ベッドの上に座ってるんなら布団かぶってればよかったのに。寒くないかい」
 そう言われて初めてマルベリーは身体が少し冷えているのを感じた。寝間着に着替えて落ち着いてからずっと物思いにふけっていたため全く気づかなかったのだ。マルベリーは慌てて眼鏡を外して近くの机に置き、布団の中に入る。
「風邪だけはひかないでくれな。結局ここには二週間ちょっと足止めをくらっちまったから、マルベリーにとっては久々の旅だし、すぐ疲れちゃうと思うからさ」
 横になった小さなエルフの頭を軽く撫でるアルム。マルベリーは裸眼でぼやけた青年の顔を見ながら「うん」と答えた。
「それにしても、どうした? 何か考え事でもしてたのかい」
 床に座り、剣の手入れをしているのか、かちゃかちゃとした音を立てながらアルムが聞いてくる。マルベリーは顔だけをアルムの方へ向けた。
「セイさんが使っていた力、私やっぱり魔法だと思うの」
「そうなのかぁ」
 アルムは剣の手入れをしながらだが、時々マルベリーの方を向きつつ相槌を打つ。
「でも、これはありえないことなの。どうして一人で生み出せるんだろうって」
 通常は、マルベリーもそうだが、魔法は精霊から力を借りて使うものなのだ。魔法は人間でも精霊と契約を結べば使うことができるが、一般の人間は見ることすらできない。今は特殊能力を持つ者が排除された世界で、そういった能力を持つ人はごくわずかなはずだ。しかも、もし使えたとしてもそれを人前で使ったりするとは。今でこそおおっぴらに取り締まられることはなくなったが、いまだに特殊能力者に対する偏見は残っている。マルベリーはそれを身をもってよく知っていた。
「セイは特殊能力者じゃないってことだな」
「うん。だって、セイさんの周りに火の精霊の気配なかったもん」
 セイはどうして精霊の力を借りずに手から火を出すことができたのだろう。しかも、あっという間に広い林を飲み込んでしまいそうになるくらいの勢いがある強い力だ。あの時は咄嗟に辺りにいる水の精霊全員に頼み込んで雨を降らせてもらったため大事には至らなかったが、林の一部分はいまだに焼け野原だ。これがまた元に戻るまでには多くの時間がかかるだろう。
 アルムは剣の手入れが終わったのか鞘にしまい、念入りにロックをしてから机の上に乗せてあった紙袋からクッキーを取り出して口に入れた。
「シルフィードはどんな風に言ってるんだ?」
 マルベリーはアルムであれば大丈夫だろうと改めてシルフィードのことを紹介していた。その時は姿を見ることができないために明後日の方向に「よろしくな」と挨拶をする様子がおかしくて二人で思わず笑ってしまっていたが、それからアルムはよくシルフィードのことも気にかけてくれるようになっていた。ちなみに風の精霊は先程マルベリーが眼鏡を置いた机の上に座っている。
「うーんとね、『力を貸さなくても魔法を使える人もいないわけじゃない……』ってシル、それ本当?」
 マルベリーにとってもそれは初耳だったらしく、前半は風の精霊の言葉を聞きながらアルムに説明をしていたのだが、気がつけば反対にシルフィードに尋ねる形になっていた。
『精霊の力を借りなくても魔法を使える人を、私はほんの少しだけど知ってるよ。……まぁ、そういった人は本当にこの世界でも一桁くらいの人しかいないけど』
「一人だけで魔法を使える人もいるんだ……。そういった人ってとっても貴重な存在なんだね」
 シルフィードと神妙な顔をして会話をしているマルベリーを見て、アルムは首を傾げた。元々こういった話題に関してはさっぱりわからないため、物を考えたりするのはほとんどマルベリーに任せることにしている。
『でも、セイは私から見ても普通の人間だったよ。だから、私が知っている特殊能力は持ってないはずなの。どうして手に入れたのかはわからない』
 マルベリーはシルフィードの言葉を聞いて少し下を向いた。
「そっかぁ。シルでもわからないんだ……。でも、セイさんの力はあってはならないものだよね。あんなに強い力を持ってるなんて。色々なものが壊れてしまうよ」
 マルベリーも精霊の力を借りればセイのような強力な魔法も使うことはできる。だが、何よりもこの世界やそこに生きている人々を傷つけたくはない。普段は偏見の目を避けるために魔法は一切使っていないが、もし使うとしても、それは自分や周りの人々を助けるためだけにと誓っている。
 セイも確かにマルベリーを助けるために力を使ってくれたのではあるが、どうしてもそのやり方が理解できなかった。もっと別の方法があったはずだと。
「その力についてはさっぱりわからないけど、ないに越したことはないよな。詳しく調べられたりできたらいいんだけど、これは俺の専門外だからなぁ」
 アルムもセイの能力に関しては気がかりな点があった。今は何も手がかりはないが、これからまた大きな街へ行くことになるし、もしかしたらまたそういったことに遭遇するかもしれない。できれば力の出所を突き止めて封印したりしたいところだが、とにかくアルムは今できることをやっていくしかないと考えていた。
「さて、もう寝るぞ。ただでさえいつもより夜更かししてるんだからな。明日からまたたくさん歩くんだから、体力を蓄えておかないとな」
 そう言ってアルムもベッドの中に潜り込んだ。


 次の日は運の悪いことに雨が降っていた。アルムは悩みながらも旅の日程をまた一日遅らそうかとしていたが、マルベリーはかまわずそのまま旅支度をする。ただでさえ足止めされてしまっていたのにこれ以上遅れるのは嫌だった。それに、一度決めた予定をずらしてしまうと別れがつらくなってしまうのだ。
「マルベリーちゃん、寂しいけど、また遊びに来てね。待ってるからね!」
玄関先でみんなからの見送りを受けていた中、そう元気に言ってくれたのはエルジュ。この子の周りはいつも明るく、マルベリーもいつも光を照らしてもらっていた。その隣ではリトがぺこりと頭を下げている。
「短い間だったけど、会えて嬉しかったよ。またね!」
 レルムはマルベリーをぎゅっと抱きしめてくれた。マルベリーはくすぐったいと思いつつもとても心地良いぬくもりに浸る。
「みなさん、本当にどうもありがとうございました!」
 深々と頭を下げるマルベリー。孤児院に初めて来た日と比べるととても大きな声で挨拶ができるようになったなぁと自分でも思う。それはこの孤児院の人々の力がとても大きいため、感謝しきれなかった。
「お二人とも気をつけて旅を続けていってください」
「おうともさ」
ルフトも落ち着いた口調で声をかけてくれる。それにアルムも穏やかに答えた。
「みんなも元気でな。仲良くこれからも頑張れよ」
 アルムもにこりと微笑む。年少組の子達にはそれぞれ優しく頭を撫でたりもしていた。そしてしばらくしてからマルベリーをひょいと抱き上げる。孤児院から借りられる傘が一つしかなかったため、雨がやむまでは小さなエルフを抱いたまま歩いていくことに決めたのだ。先日一人で港町へ行った際に、多少両腕が使えなくても危険はないと判断したためだった。
「こちらの地方に来ることがありましたら、是非またおいでくださいね」
 後ろを振り返ろうとしたアルムにシスターが声をかけてくれた。アルムはまた微笑んで「是非とも」と言い、軽く会釈をしてから街の出口へ向かい歩き出す。アルムの腕の中で傘を差し、もう片方の手を懸命に振るマルベリー。やがて孤児院のみんなが見えなくなったため、アルムと同じ方向を向いた。
「いい人達だったなぁ。とっても安心できるところでした」
 ずっと微笑んでいたその瞳の隅にきらりと光る水滴があった。マルベリーは傘を差しているために雨で濡れているというわけではない。短期間ではあったけれど、一人の人として分け隔てなく接してもらえたことにとても感激していたのだろう。できれば別れたくなかったに違いない。アルムはマルベリーを抱えている体勢を少し変えて片手を自由に使えるようにすると、その髪の毛を優しく撫でた。
「もう一生会えないわけじゃないだろ。あそこの人達はいつ行ってもあんな感じで迎えてくれるよ。また行こうな。旅の帰りにでもいいじゃん」
「そうだよね」
 マルベリーはそう言って微笑む。心地良いアルムの腕の中で、つい先程まで眠っていたのにまたうとうとしかけてしまう。
「寝るのはいいんだけど、傘は頑張って持ってて欲しいなぁ」
 不意に上から声がかかり、マルベリーははっとして目を覚ました。舟を漕いでしまったらしく、手に力が入らなくなり傘が斜めになってしまっている。マルベリーはかろうじて傘の中にいたが、アルムは見事に濡れてしまっていた。
「わわわっ。ごめんなさいっ」
 慌てて傘を持ち直す。暖かくアルムが歩いている適度な揺れはとんでもなく睡眠欲を掻き立てる。マルベリーは話をして気を逸らそうと考えた。
「あ、そういえば。私、重くないですか?」
 雨はまだ止む様子はない。風はなくしとしとと降っているためにアルムが歩くのはつらくはなさそうだが、マルベリーは見事にお荷物だった。
「このくらいの重さなら全然平気だよ。慣れてるし」
 アルムはよく荷物運びの仕事もするが、その時はマルベリーよりももっと重いものを長時間持っていたりもするのだ。それに比べれば小さなエルフはとても軽く、全く気にならない様子だった。
「全然平気だよ。むしろマルベリーと歩くよりこの方が街に早く着くっていうのもあるし、いいのかもしれないねぇ」
 からかうように笑うアルムを見てマルベリーは軽く頬を膨らませたが、
「このままのペースだったら、途中の村で一泊するけど明日の昼には港町に着くんじゃないかなあ」
 というアルムの言葉に反応する。思わず耳がぴくりと動いてしまっていた。
「港町? ……っていうことはとうとう海が見られるんだよね」
 マルベリーが育ってきた村は山の中のため、海は本に載っている写真などでしか見たことがない。常々本物はどのようなものだろうと思っていただけに、近いうちに海が見られるかもしれないという期待に心が躍った。
「まぁ街自体が大きいから、港に行かないと海は見られないけど、どうせ船に乗るんだし近いうちに見ることになるだろうな」
「やったあ」
 マルベリーは傘を持っていない方の腕を上げて喜ぶ。だがその指の先に大粒の雨が当たり慌てて手を引っ込めた。


 アルムの予想通り、途中で辺りが暗くなってきたため一晩宿を取り、次の日の朝にまた改めて歩き出してから数刻後。ようやく港町の大きな門が目で確認できるくらいの距離まで近づいてきた。他にも数多くの背の高い建物などが見え、マルベリーはその一つ一つにとても感激している。
「すごいすごいっ。港町ってやっぱり人が集まるから大きいんだ!」
 今日は天候が回復したためマルベリーもずっと歩いていたのだが、久し振りの旅でも全く疲れを見せず、しかもそれを上回る喜びのために今にも飛び上がらんばかりの勢いだった。
「ここは今俺達がいるソプラ大陸の中で一番大きな街なんだよ」
 アルムが説明をしてくれる。そして門の中に入る前に街の様子を軽く眺め、はぐれないようにとそばにいる小さなエルフの手を握る。マルベリーも辺りの人間を見てびくびくとはしているが、それでも見たことのない建物などを見るのにも夢中になっているようだった。
「大丈夫かい」
 今は正午を少し過ぎた辺りの時間で、街の中にはそんなに多くの人々が歩いているわけではなかったが、それでも今まで訪れた街の中では一番の数だった。
「はい。とりあえず今のところは大丈夫です」
 マルベリーも人間に対する耐性が出てきたのか明るく答える。確かに辺りの人々から明らかに見られている視線やこそこそと話をしている様子は感じるが、それは悪意を感じるものではない。シルフィードも何も言わないということは、きっと同じように思っているのだろう。
 今まで過剰反応で人間が何らかの態度を見せるだけでびくびくしていたのだが、最近はそれにも少しずつ慣れてきているような気がしていた。何より、人間が物珍しそうにエルフを見ているのと同じく、自分も人々の様子をしっかり見ているのだ。さすがに目が合うと先に逸らしてしまうが、それでもたいした進歩だと思った。
 そしてアルムはなんとかその印象を持ち続けてもらえるようにしっかり守っていかなければと考えている。この街は今までとは違い善人も悪人も多くあふれているため、なんとかはずれをひかないでくれるといいなぁと思っていた。
「さて、それじゃ入るか。悪いけど今日すぐに船に乗れるわけじゃないんだ。だからひとまず俺の友達の家に行くよ」
「わかりましたぁ」
 マルベリーはアルムに手を引かれつつ答えた。


 大通りを抜けて、またもや奥の道へと入っていく。街の人の数が少なくなるごとにマルベリーの元気度も上がっていった。人間に徐々に慣れてきているとはいえ、やはり無意識に神経を張り詰めているところもあるのだろう。今は見たことのないものを見つけるたびに「あれ何?」と指差しでアルムに尋ねながら歩いていた。
「あ、可愛い建物」
 またもやマルベリーが指差したのは、レンガ造りの小さなお菓子屋『シュクル』だった。今はお店も開店しており、数人が出入りしている様子が見える。
「あぁ。そこが俺の友達の家だよ」
「えっ。本当?」
 マルベリーは一瞬驚いたが、それでも妙に納得するところもあった。アルムはお菓子好きのため、それがきっかけで知り合ったりしたのだろう。それよりも明るい色でまとめられている看板や、入り口のそばに置かれているきれいな花の鉢植えなどが好みのものばかりだったため、とても嬉しくなってしまっていた。もしかしたらここの店主とも気が合うのかもしれない。
「どもー」
 閉店後に訪れた前回とは違い、今回は正面玄関から軽く声をかけつつ中に入る。店内にいたお客が全員外に出てから中に入ったため、お店の中にはアルムの友人であるジュレしかいなかった。
「おう。アルム! ずいぶん遅かったなぁ。確か次来るのは一週間後くらいだって言ってなかったっけ」
 商品陳列棚の向こうからアルムのそばまで歩きながらジュレが言う。アルムはそれを聞いて「あ、そういえば」と呟き、頭をかきながら軽く笑った。
「ごめんなぁ。ちょっとこいつを迎えに行った村で足止めくらっちゃって。よく考えたら二週間くらい経ってたんだよな」
 マルベリーは店内のあちこちを眺めながらアルムの少し後ろで落ち着かない様子でいたが、アルムに前に引っ張り出された。ジュレと目が合う。
「そうそう。こいつが前に言ってたエルフだよ。ちょっとまたしばらく厄介になるけどよろしくな」
 ジュレはあらかじめアルムから話を聞いていたため、特に動じることもなくマルベリーを見て微笑んだ。膝に手を突き前かがみになって声をかけてくれる。
「君がマルベリーちゃんだね。よろしく。俺はジュレだよ。ここでは思いっきりくつろいでかまわないからね」
「は、はいっ。お世話になります。よろしくお願いします!」
 少しどもりはしたが、マルベリーもごく自然にかけてもらった言葉に驚きつつ、元気に挨拶をすることができた。
「うん。いい挨拶だね。いいことだー」
 その隣ではアルムが軽く両腕を組んでうんうんと頷いていた。
「そうしたら、まずは奥の部屋に行っててもらおうかな。一応俺は営業中だし、アルムはまた別な用事があったりするんだろ」
 店の入り口を気にしながらジュレが言う。確かに店内にはいつお客が入ってきてもおかしくない。来客応対をしているとマルベリー達を気にしている余裕はなさそうだし、店内部分と住宅部分は特に壁で仕切られているわけではないので、狭い中で大人数でいればお客の方も気になるだろう。
「あぁ、そうだな。いつもの部屋でいいんだよね」
「もうほとんどアルム専用の部屋みたいになってるじゃないか」
 アルムは頷いて、そしてジュレの言葉に「いつもすまないねぇ」などと冗談を言いながらマルベリーを奥の部屋へと促す。マルベリーはジュレにぺこりと一礼してからアルムについて行った。
 通された部屋は小さな宿屋の一室といったような感じだった。ただ、ベッドなどの家具がないため多少広く見える。元々空き部屋で物置として使っていたのだが、アルムがここで寝泊りするごとに片付けているらしい。近々マルベリーと一緒にまたこの街を訪れるということを伝えていたため、唯一部屋には毛布などの簡単な寝具が部屋の隅に二セット置かれていた。
 殺風景な部屋だが、ドアを背にして正面にある出窓からは暖かな光が射し込み、居心地がよさそうだと感じた。テーブルがないため少し不便だが、眼鏡などの細かいものは出窓部分に置けばいいかと考える。
「いいところですね」
 思わずマルベリーが呟く。こんなところに泊めてもらっていいのだろうかと尋ねるとアルムはあははと笑った。
「一応、宿屋よりは格安だけど、多少のお金は出してるよ。それでも申し訳ないと思うんだったら、これも勉強のうちだから何か手伝ったりしてごらん」
 孤児院にいた時と同じような感じなのだろうか。おそらくアルムもいつもこのようにして旅を続けているのだろう。行く先行く先に顔なじみの人がいるし、これも旅の経験の賜物なのだろうと考えた。
「わかりました」
 マルベリーは頷く。今は少し忙しいようだったけれど、後でなんとか声をかけてみようと思う。
「それじゃ、すまないけど、俺はちょっとジュレと話をしてから出かけるから。さすがに街に出てていいとは言えないからちょっと退屈かもしれないけど、シルフィードと話をしたりでもして時間を潰しててくれな」
 マルベリーの頭をぐしゃぐしゃと撫でながらアルムが言う。マルベリーは髪を整えながら頷いた。
「俺も腹減ったから、なるべく早く戻ってくるようにするよ」
 そう言ってアルムが部屋から出て行く。マルベリーは部屋にぽつりと残され、壁に寄りかかって座りながら何をしようかと考えを巡らせていた。
『ねぇマルベリー。ちょっと思っていたことがあるんだけど』
 沈黙を破ったのはシルフィード。何かを考えながら呟いたという感じで、いつものようなはっきりとした様子がなかった。
「シル、どうしたの?」
 マルベリーは右肩に座ったパートナーに尋ねる。
『うん。実はね、この街で私と同じような力を感じるの』
「……どういうこと? 精霊達は周りのいろんなところにいるよね?」
 マルベリーはシルフィードの言葉の意味がわからず、もう一度問いかける。
『契約をした精霊がこの街にいるの』
「それって、自然にいる精霊達とは違うの?」
 マルベリーにとってはもちろんシルフィードと他の精霊達とでは思い入れも違うし同じだと考えることはできないが、精霊という種族自体は同じのため、感じる力などは変わらないものだと考えていた。
『うん。私みたいに一人の人をずっと守るって誓っている精霊はちょっと違うの。場所とか自然現象とかに影響されないで、ただずっと契約者のそばにいるからね。もちろん感じる力とかは同じだけど、ものすごく場所が変わるでしょう。その気配でなんとなくわかるの』
 契約した精霊はパートナーのそばにいつもいるため、マルベリーが移動するとシルフィードも移動する。だが、一般的な精霊は自分にとって居心地のいい場所から基本的には動かない。例えば水の精霊で言えば海や湖など。それがちょこちょこと細かく移動を続けている精霊が近くにいるらしい。
『それで、その精霊がいるってことは、つまり精霊達を見ることのできる人がそばにいるってことだよね』
 シルフィードは言葉を続ける。そしてそれを聞いてマルベリーはようやく言われたことが理解できたのか、顔をぱあっと輝かせた。
「特殊能力者ってことだよね。……ってことは、その人もエルフっていう可能性があるかも!」
 両腕をぐっと握り締めてマルベリーは先程よりも少し声を大きくさせた。少し興奮してきたようだ。もしかしたら仲間を見つける手がかりになるかもしれない。
『それがね、わからないの』
「え?」
 マルベリーは拍子抜けし、一瞬座っていた体勢を崩してしまう。身体を起こしてまた壁に背を突いて座り直した。
『エルフだったらほんの少しだけど魔力を持っていて、それも一緒に感じるからすぐわかるの。でも、今はその精霊だけの存在しか感じないの』
 マルベリーはそれを聞いて首を傾げる。一体どういうことなのだろうか。
「精霊が一人でいるってこと?」
 シルフィードもその辺りは自分でも答えが出せていない状態なのだろう。質問に反応するまで少しの間があった。
『……わからない。でも、その可能性はあるかもしれない。ここは大きな街だから、何かあったのかもしれないし。だから、今のところは危険は感じていないんだけど、気をつけていてね』
 マルベリーはそれを聞いて微笑んだ。
「うん。ありがとう。わかったよ」
 シルフィードは安心したように少し笑う。そしてそれからまたしばらく何かを考えていたようだったが、やがてまた口を開いた。
『それでね……。違う可能性もあるし、ちょっと気になるからその精霊のところに行ってきてもいい?』
 マルベリーにはそれを断る理由がない。自分もシルフィードが気にしている精霊がどうしてこの街にいるのかを知りたいと思ったし、この部屋にいる限りは危険な状態も起こらないと考える。
『たぶん向こうも私のことに気づいてるんじゃないかって思ってるんだ。だから、話を聞いてみたくて』
 シルフィードも同じように考えているのだろう。また、もし万が一何かがあってもすぐに気づいて助けに来てくれるだろうという安心感もある。
「いいよ。気をつけてね。私はそしたら二人が戻ってくるまでここで寝てるよ」
『ごめんね。すぐ戻るから』
 出窓をほんの少し開けながらシルフィードが呟く。風の精霊にとっては少し重かったが、一人の力だけで開けることができた。
「謝ることないよ。気になることは調べてみないとね。それに私、けっこう大丈夫かなって思ってたんだけど、やっぱり久し振りの旅だったから疲れたみたいでちょうど眠いし」
 マルベリーは毛布を窓から光の入る部屋の中心までずりずりと引っ張り、その中に潜り込んだ。
『ありがとう。それじゃ、ちょっと見てくるね』
「行ってらっしゃい」
 開けられた出窓の隙間からシルフィードが外に出る。そして短い間ではあるけれど強い風が吹き、出窓が再び閉じられた。
「どんな精霊さんなんだろうなぁ。私も会ってみたいなぁ」
 一人になったマルベリーはぽつりと呟き、暖かな陽の光と毛布のぬくもりに包まりながら目を閉じた。


 外に出たシルフィードは、街に入った時から感じていた力のある方向へ一直線に飛んでいた。その力は街外れの公園で今は止まっているようだ。辺りを流れている風の力も借り、かなり早いスピードでその公園まで辿り着いた。
 その公園は小さいながらも噴水や子供達が遊ぶための遊具なども設置されている。ちょうど昼時のためみんな昼食でも食べているのか、いい天気なのに人はまばらだ。
まだ姿が見られるほどではないが、ここまで近づけば大丈夫だろうと一度相手の精霊に呼びかけてみようと考えた。大きな木を見つけてその枝に座り、気配を辿る。
『私のことを感じますか?』
 一瞬相手の気配が揺らいだような気がした。だがその場を動く様子はないため、しばらく待ってみる。少ししてから相手からの反応が返ってきた。
『感じるよ。あなたは誰?』
 声の高さなどから、シルフィードよりは若い精霊だと判断できた。そしてなんだか落ち着かない様子だと感じる。何かに慌てているような気もする。
『私はシルフィード。今日この街に来た小さなエルフのパートナーと一緒に旅をしています』
『エルフと? そういえばそんな感じしたかも。あたしはまだ力が弱いからあまりわからないけど』
 今度は素早く反応が返ってきた。エルフという言葉に反応したらしい。シルフィードは既に相手も自分達のことについて気づいているだろうと思っていたのだが、まだ気配を探る能力はそんなになく、話しかけられて初めて気づいたという感じなのだろう。
『あなたはどうしてこの街に……』
『あたしはディーネ。お願いがあるの。助けて欲しい人がいるの!』
 シルフィードは続けて質問をしようとしたが、相手の耳に入っていなかったのか遮られてしまった。大声だったため頭が痛くなり、思わず両手で押さえてしまう。
『あなたにも契約者がいるのですね』
『うん。ひとまず来て欲しいんだ。噴水の向こうにあるベンチにいるから!』
 精霊の気配しか感じなかったが、やはりディーネにもパートナーがいるらしい。最も有り得ないと思っていた可能性が当たったのだろうとシルフィードはこの時点で既に確信をしていた。
『わかりました。今から伺います』
 シルフィードは木の枝から飛び立ち、噴水のそばへと向かう。その時間は一瞬で、すぐに自分と同じ種別の存在を認めた。ディーネは水色のツインテールに青色の瞳だったため、水の精霊だと瞬時に理解する。ちなみにシルフィードは緑色のロングヘアに緑色の瞳。基本的に精霊の属性は髪と目の色で判断するのだ。
『あなたがディーネですね』
『うん。来てくれてありがとう』
 小さな水の精霊は、ベンチの真ん中にちょこんと座っていた。その隣には腰まで伸びている長い金髪が印象的な女性がいる。居眠りをしているのか軽く前かがみになって目を閉じていた。
『この女性があなたのパートナーなのですね』
『そうなの。お願い。助けてあげて!』
 ディーネの言葉は説明不足でシルフィードにはまだ状況が全く掴めていなかった。この女性をどのように助ければいいのだろう。なんとか目の前の精霊を落ち着かせて再度質問をしようと頭を巡らせた。
「ディー?」
 話し声が聞こえたため、その女性は額に巻いてあるバンダナを押さえながらのろのろと目を開けた。そしてディーネを見て、次にシルフィードに目を留める。
「……ディーのお友達さん? 初めまして」
 透き通った青色の瞳がとてもきれいだと感じた。肌の色はマルベリーに匹敵するくらい白い。それでもどちらかというと青白いと言った方が正しいのかもしれない。簡素な旅装束を身に着けているため旅人なのかと思ったが、その華奢な身体はとても旅に耐えられるようなものではないとも思った。
 自分を見て穏やかに微笑む女性を見て、シルフィードは想像していたことだったにもかかわらず動揺していた。とりあえず軽く会釈だけはしてみる。
 精霊と契約を結んでいるくらいなのだから自分を見ることができるのは当たり前だろうと思いつつ、そういった存在と会う機会が現在では極端に少なくなってしまっているため、今回突然訪れてただひたすら驚いてしまっていた。
 ディーネと契約を結んでいるパートナーは、特殊能力を持っているごくわずかの人間だった。

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