授業が終わった放課後の図書室。
図書委員の高校3年生、木村未知(きむらみち)は一人で書架整理を行っていた。
返却された図書にカードを差し入れ、そしてその本を棚に持って行き、番号ごとに入れる。図書委員の作業は単純だが地道な作業の繰り返しだった。
肩甲骨ほどまで伸びた少々茶色がかった髪の毛は二つに分けて三つ編みにしている。
身長は160センチ。色白で細身と、かなり華奢な体格だった。
制服は先週夏服に切り替わったばかりの濃紺と白のセーラー服。スカートの長さは膝丈辺りと、見た目からかなり控えめな性格だということが窺える。
根が真面目な性格からか、集中して次々と本を移動させていく。
仕事に取り掛かり始めた頃はまだ明るかった外が、次第に赤らんできた頃。
「ふぅ、終わったぁ」
手に持っていた最後の本を棚にしまってから軽く両腕を上にあげて伸びをする。それから壁にかかっている時計を見て呟く。
「そろそろ6時か。閉館の時間からもうかなり経っちゃったなぁ」
未知が通っている高校の図書室は、放課後の開館時間は5時までだ。
放課後の利用人数は少ない。やはり部活に勤しんでいるか、それがなければ早々と帰宅してしまうのだろう。
そのために返却された本は少なかったのだが、新着図書が思った以上に多く、その整備に時間がかかってしまったのだった。
入口のそばにあるカウンターへ戻り、中から図書室を眺めて異常がないか確認をする。
ここの学校の図書室のカウンターは別室になっているが壁はガラスで、室内の様子ははっきり見えるようになっていた。
利用者が本を返却する時などは、専用のテーブルがあり、ガラス戸を開けて受け取ることができる。
「あ、窓閉めなくちゃ」
室内は紫外線によって本が日に焼けてしまうのを防ぐため、常にクリーム色のカーテンがかけられており、それが初夏の暖かなそよ風に揺られていた。すぐに窓へ向かい閉めて鍵をかける。
外は天気がよく、太陽が西に沈みかけてきてはいるがまだ明るい。しかしカーテンのために図書室は常に薄暗いため、開館時から電気をつけていた。
一通り室内を眺めた後、改めてカウンターの中に入り、図書カードやら貸し出し禁止の本やらで雑然としている中から自分の荷物を引っ張り出す。
「ここも片付けないといけないね……」
少し顔を曇らせ呟く。図書委員は未知の他に何人もいて、当番制を設けて雑務を行っているが、片付けは誰もやってくれそうな様子はなかったからだった。
顧問の先生も『仕事は生徒中心』ということであまり干渉はしない。余計なことにまで口を出すというのには閉口するが、何もしなさすぎるというのも困りものだった。
「次の当番の時にやろうっと」
荷物を持ち、図書室の鍵を持って外へ出る。
鍵をしっかりかけたのを確認して、職員室へ戻そうかと歩き出した時。
「……?」
音が聞こえた。思わず耳を澄まし立ち止まる。
フルートの音色だった。
これはおそらく1階にある音楽室から聞こえているのだろう。その真上にあるこの2階が、図書室のある場所だった。
意識して聞かなければ聞こえないくらい小さな音。透き通った、そして短調がかかった旋律。
「悲しい曲……。なんだか聞いてると私まで悲しくなってきそう……」
それは未知の胸を打つ何かがあった。胸に手を当て、そのまま立ちすくむ。
「吹奏楽部のみんなは、確か発表会があって公欠なはずだけど……。誰が吹いているのかなぁ」
演奏はまだ終わらない。
ずっと聞いていたい衝動にかられたが、それよりもその演奏者自体に興味を持った。
駆け足で職員室へ向かって専用の鍵置き場に鍵を掛ける。そしてまた図書室の前まで戻ってきた。
先程とは違う曲になってはいたが、まだ演奏は終わっていなかった。ほっとしつつ、なるべく音を立てないようにそうっと一足一足慎重に階段を下りる。
音が徐々に大きくなってくる。1階へ降りるとすぐ左手に音楽室があるのが見えた。
入口のドアの上部分についているガラスから中を窺う。曇っているわけではないので、様子を覗き見ることができるのだ。
フルートを演奏しているのは、男子だった。
つややかな黒髪に、170センチを少し超えたくらいの身長。体格はやや細身で、普段あまり活発そうではない雰囲気だ。
同じ学年のため、集会や合同授業などで見かけたことはある。
ただ、クラスがB組の未知とは違い、確かC組だったような記憶があった。
人見知りしがちな未知は、よほど仲のいい友達などでないと自分から話し掛けることはまずない。
そのため、そのフルート奏者、樋山深(ひやましん)とは一度も言葉を交わしたことはなかった。
演奏はまだ続いている。
未知は曲自体もそうだが、深が演奏しているその様子に惹かれ、目が離せない。
夕方の西日が音楽室に入り込んで、うっすらとしたオレンジ色の光が演奏している深に当たり、なんともいえず幻想的な光景。
薄暗い室内の中、天然のスポットライトが深に向けて当たっているように見えていた。
放課後6時過ぎに校内に残っている人はおそらくほとんどいないだろう。その静けさの中で、フルートを弾いている深が極めて輝いて見えた。
恍惚とした状態で演奏を聞いていたからだろうか。
未知はそのフルートの演奏が途中で止まっていたのに気がつかなかった。
しばらく経って気がつき、改めて室内を覗いてみると、先程まで集中して演奏していたはずの深が未知の方を見ていた。
未知と目が合うと、深はフルートを左手に持ったまま入り口に近づき、ドアを開ける。
「そんなところにいないで、中に入ってきたら?」
「あ、うん。……いいの?」
「かまわないよ。反対にそっちにいられる方が気になるから」
これが深と交わした初めての会話。
音楽室は二部屋に分かれている。
一つはピアノがある部屋で、広さも普通の教室ぐらいなのだが、机などがないためか吹奏楽に使う楽器を全て持ち込んでもまだ余裕のあるくらい広く感じる。
もう一つは普通の教室のように机が備え付けてあり、実技以外の授業を行う場となっている。広さはピアノのある部屋より多少狭い程度で、前には黒板もあった。
深は今まで入り口すぐそばの演奏部屋でフルートを吹いていた。
隣の教室から椅子を持ってきて教室の中央付近に置く。
薄暗くなってきたために電気もつけた。
「座りなよ」
未知は普段からほとんど男子と話す機会がない。
話しかけられた時など必要があれば別だが、物静かで内気な未知はいつも休み時間も読書をしているか仲のいい女友達と話をするくらいしかしていないのだ。
それが、今は他に誰もいない音楽室で男子と二人きりでいる。そんな自分が滑稽で仕方なかった。
それと同時に慣れていないせいか緊張して動くのにもぎこちなくなってしまう。実際音楽室に入って深にすすめられるまま椅子に座るまで、身体が自分のものでないような感覚があった。
椅子に座った後も実は落ち着かなくて、うつむき加減で固まったまま。
「そんなに緊張しなくても。特に何かするわけじゃないし、ただ、聞くなら廊下なんかにいなくても堂々と聞いていてくれればいいんだよ。聞いてくれる人がいるっていうのは練習のしがいがあるし」
窓辺の棚に寄りかかって未知を見つめる深。
深も普段はあまり積極的に話をしないタイプの人間だが、未知があまりに固まっているため、少しは気を遣っているのだろうか。
「まぁいいさ。……それじゃ、吹くから」
フルートを口に当てた時から、深の表情が一変する。
先程までは顔に苦笑を浮かべていたが、それが今は真剣そのもの。
一瞬でこれだけ意識を集中できるというのに未知は素直に尊敬の念を抱いていた。
今演奏しているのは先程とは違い少々アップテンポな明るめの曲。
(……あれ、なんだかすごく明るい曲だなぁ。さっきまでとは全然違う)
未知が図書室の前でフルートの音に気がついてから先程までずっと悲しい曲ばかり聞こえていたのに、なぜか今はそれとは全く違うタイプの曲を弾いていた。
(この曲ももちろんいいけど、さっきまでの物悲しい曲も、私は好きだな)
未知はフルートを弾いている深をじっと見続ける。
目を伏せたまま微笑みを浮かべてフルートを弾いている姿形を見ていると、素直に『きれい』という印象が浮かび上がる。
もともと深は格好はいい方だ。それもあって余計に映えるのかもしれない。
(それにしても……樋山くんってフルートが弾けたんだ。知らなかったな。こんなに上手いなら噂になってもおかしくないくらいなんだけど)
未知はやっていた楽器といえば幼稚園時代から続けているピアノくらいだが、それも高校に入ってからはさぼりがちになってしまっていた。
(練習すれば、こんなにも上手くなれるんだ)
ただフルートが弾けるというだけではない。
それを聞いた人達にどれだけの思いを伝えられるか。これも演奏者としては大切なことだと思う。
そして現在完全にその音色に心を動かされている人がここに一人。
(すごいなぁ……)
未知はただただ感動せずにはいられなかった。
そして演奏は終わる。最後の一瞬まで丁寧に流れる音。
未知も最後までしっかりと、流れてくる感情を受け止める。
ぱちぱちぱち……。
気づかないうちに未知は大きく拍手をしていた。それこそ、叩きすぎて手のひらが痛くなるくらい。
「もういいよ」
そう言った深に止められるまで、ずっと、拍手の手を止めなかった。
「気に入ってもらえたようだね」
心なしか深が微笑んでいるような気がする。そのような顔はもちろん見たことがなかった。
いつも未知が見たことのある深の顔は、無表情ばかりなのだ。
「すごいねぇ……」
演奏が終わってもまだ余韻から抜けきっていないのか、ぼうっとした表情で一言呟く。目線はただ深を見つめるのみだった。
「いつからフルートやってるの?」
未知は素直に気になったことを聞いてみる。
「本格的に習い始めたのは6歳の頃から。それからずっとこればっかりやってるよ」
未知からの目線を感じつつ答える深。
「フルートの良さとかはよくわからないんだけど、それでもすっごく感激したなぁ。……コンクールとかには出てないの? こんなに上手いのに」
微笑みながら言う未知。その言動には全く社交辞令的な要素は含まれていなかった。未知はいつも正直なのだ。
「あぁ、コンクールね。母親とかはうるさいけど、俺、単純にフルート吹くのが好きなんだよね。だから、そういうのに出て色々言われたり、結果でいちいち悩みたくないわけ。あとは、吹きたい時に吹きたい曲を吹くから、課題曲とかで決められてるのが嫌なんだよな。まぁ、課題曲が好きな曲の時とか、気が向いた時には出たりしてるけど」
フルートを専用のケースにしまい窓辺の棚の上に置き、自身も寄りかかって答える。その楽器の取り扱いもまた丁寧で要領よく行われていた。
「あ、そうなんだ。……ごめんね」
思わず謝ってしまう未知。それと同時に羨望のまなざしで深を見つめる。
未知がピアノをさぼりがちになってしまったのは、コンクールが原因だった。
真面目に幼稚園時代からこつこつ続けてきたピアノは、年齢を重ねるにつれ上達していく。
それと同時にコンクールに出場する機会も増え、そして周りの人々の期待度も高まる。
時には限界まで挑戦しても結果に結びつかないこともある。その度に落ち込み、そして期待感からのプレッシャー、重圧に耐えられなくなってしまった。
ピアノを習い始めた時の、弾くことの楽しさをすっかり忘れてしまっていたのだった。
「どうして謝るのか俺にはわかんないけど。俺は人にどう言われようと、吹くのが好きだからやめられないんだ。まぁ、今日は吹奏楽部の人達がいないからゆっくり吹けるかと思って来てみて正解だったな。家ででもいいけど、最近は特に親がうるさくてなかなか集中できないんだよ」
少し顔を歪めて笑う深。
深もおそらく昔は未知のような葛藤があったのかもしれない。
一時期はフルートから離れたいと考えたこともあるだろう。しかしそれを乗り越えて、弾く楽しさにすっかりはまりきっている。
未知は深がきっかけでピアノの楽しさを思い出すことができそうだった。
「俺はプロになろうなんて思っちゃいないんだ。そういう人達はコンクールでいい成績を取ったりした方がいいんだろうね」
「プロとかは……考えてないんだ」
「そうだね。そうしてしまうと楽しくなくなってしまいそうだから。俺には他にもやってみたいこととかあるし」
普段はほとんど話すことのない未知だが、今日はいつもとは違い饒舌だった。
それは深も似たようなものだったかもしれない。深も今まで話したことのなかった人に対して自分について深い部分まで話そうとしている。
「そうしたら、音大には行ったりしないんだね」
「そう。俺は今ちょっと心理学に興味を持ち始めてて。学校はそっち系に行こうかと思ってるんだ」
「そっかぁ。私もなんだ。私はね、中学の時からずっと図書委員をやってるんだけど、本格的に司書になりたいって思ってて。その資格と、あと国語の教師免許を取りたくって」
未知もどうしてこのようなことまで話しているのかと思ったのだろう。照れくさくて笑いながら、椅子に改めて座りなおす。
「お互い勉強大変だね。もうすぐ夏休みだし。推薦取れればいいんだけどな」
そう未知が言うと、深は少々意地の悪い微笑みを見せた。
両腕を頭の後ろに回して組む。
「何言ってるんだろうね、この人は。常に学年10番圏内に入っているのに。木村さんは有名人なんだよ。俺も何回か噂が面白くて図書室に行ったりしてたし。本を借りたこととかなかったから気づかなかっただろうけど」
実際、未知は知らなかったが、図書当番が未知の時はいつもよりも利用者が多かった。
「私が、有名人? どうして? 私なんて全然目立ってなんかないのに。暗いし、地味だし」
思わず再び固まってしまう未知。
その様子を見て更に笑い出してしまう深。
「やっぱりこれも噂どおりだね。木村さんは、自分が思っているよりずっと注目されている存在なんだよ。『勉強ができて、運動もそこそこ悪くない。それに加えて綺麗な顔とその純真な性格』がね」
未知は落ち着かず手の甲をもう片方の手でこすっている。
こうまではっきりと、しかも男子から誉められたことなんて一度もなかったからだった。
「私、全然わからないよ……。どうしたらいいんだろう」
問いかけに対して深は急に顔を真顔に戻す。
「迷わせてしまったならごめん。別に何かしなければならないってわけじゃない。好き勝手にやっちゃっていいと思う。ただ、少しは自覚してもいいんじゃないかと思っただけだから」
すぐに義務感とか、そういうのにとらわれる必要はないと言っているのだろうか。
未知は深の言葉一つ一つを聞くたびに心が落ち着くような不思議な気分になっていた。
「わかった。そうするよ。私、周りに流されすぎちゃう悪い癖があるから」
「そういうのは誰でもあるさ」
(樋山くんって他の人にはない雰囲気を持ってるなぁ。自分は自分というか。世界が確立されている感じ)
人は自分にないものを持っている人に憧れの念を示す。
未知も今は完全に深に対してそういう思いを持ち始めていた。
いつの間にか黄昏時も終わり、外はすっかり濃紺に覆われていた。深が音楽室の時計を見ると、7時を回っている。
「もう7時か。帰らないといけないな。悪かったね。長く引き止めてて」
「ううん。私の方こそ練習の邪魔をしちゃったし。フルート聞かせてくれてありがとう」
深はワイシャツの上に学ランを着ているところだった。そしてフルートの入っているケースを大切そうに抱える。
「暗くなったから送ってくよ。これも噂だけど、確か徒歩圏だったね。俺チャリだから門で待ってて」
未知もセーラー服の上から紺色のセーターを着込んでいた。
「うん」
返事をした未知は、自分でも気がつかないままに言葉を紡ぎ出していた。
「あ、ごめんなさい。一つだけ、聞いていい?」
深も荷物を持ったまま未知の方を見る。
「何?」
深に返事をされてはじめて、自分が呼び止めていたことに気づく。
未知はフルートの音を聞き始めた時から気になっていたことがあった。
「あの、えっとね」
それでもそれを聞いてもいいのかずっと迷っていたのだった。
視線がうつむき加減になる。だがここまで言ってしまって「なんでもないよ」と言うこともできない。
未知は意を決して聞いてみることにした。
目線を元に戻す。
「……どうして、悲しい曲ばかり弾いていたのかなって。すごく気になったの」
澄んだ音色の中に、未知は弾いている深の深い思いが含まれているように聞こえていた。
そしてそれが伝わり、未知の方も胸が絞めつけられるような思いにとらわれてしまったのだった。
「聞いた時、私もとっても悲しくなったよ」
深はまっすぐ自分を見つめる視線に耐えきれず下を向く。
「あぁ、それはね。……いいんだ」
なぜか質問を聞いた時から未知と目を合わそうとはしなかった。
今までの深らしくなく、言葉を濁しはっきりしない。しばらく音楽室の木の床を見続けている。
(あ、もしかしたら失礼だったかも。何か、深い理由があるのかな……)
そして投げかけた未知も、深の様子からこれ以上は聞かない方がいいと判断したのだった。
門の辺りで深を待つ未知は、先程までの音楽室での会話を思い出していた。
未知にとってはとても耳に優しく響く言葉たち。
人見知りなのに、今までの分以上に話せてしまったのは自分でも信じられなかった。
深は自分のことを語るように未知のことを話す。
今までは自分のことは自分が一番わかっていると思っていたが、そうとは限らないのかもしれない。
深はいつもクールな目で周りを見続けていたのだろう。
自分の気づかなかった点をまだまだ知っているのかもしれない。
未知は深に対しては今日初めて会話を交わしただけなのに、もう何年も付き合っているような感覚があった。
「ごめんごめん」
自転車を押して門へ向かってくる深を見て、未知は思わず微笑みを顔に浮かべてしまうのを止めることができなかった。
二人が歩き出し、ずっと無口だった深が口を開いたのは、15分後くらい。まもなく未知の家に着くという頃だった。
視線が常に下向き加減だった深が、立ち止まり未知の方を見る。
それでも迷っているようだったが。心を落ち着けるようにと言い聞かせているようだ。
「さっきの質問だけど」
深が立ち止まったことで未知も立ち止まる。
なんだろうと首を傾げそうになったところで、深が未知をまっすぐ見つめているのに気がついた。
「真面目な図書委員さんが、仕事の後にもしかしたら聞いてくれるかもしれないって思って弾いてた。遠い存在だったから。話したこともなかったし、なにしろ有名人だからね。今日が当番だってことは知ってたから」
未知が驚く暇もなくきょとんとしている中。
「……俺という人間を、もっと知ってもらいたかったんだ」
そう言った深の顔は、今までの会話ででも見たことのない、綺麗な微笑みをたたえていた。
「フルートを通した俺の想いは伝わったかな」
未知を見つめたまま、深が言う。
一方の未知はというと、ようやく頭が回り始めたようで顔をほんの少し赤くして両手で口を覆っている。
「樋山くん……?」
「驚いたかい。俺も自分で信じられないよ」
照れくさそうに微笑む深。ずっとクールでいた深の、本当の感情が窺い知れたような気がしていた。
未知は、周りから注目されていたにもかかわらず、こうして正面から告白されるのは初めてだ。それもあって余計に戸惑い、緊張している。
ちらりと深の方を見て、目があったかと思うと恥ずかしくなりすぐに目をそらす。
俯いたままどうしたらいいのか深く考える。
「木村さんがどう思おうとかまわないよ。ただ俺がそう言いたかっただけだからね」
そう言って再び歩き出そうとする深。
だが、未知はしばらくその場で固まっていて動くことができなかった。
地面のアスファルトを見つつ、必死に自分との対話に集中する。
(……私、よくわからないけど、樋山くんとだったら普通に話ができてた。これって、私にしてみれば、すごいことなのかも)
もう一度、深の方をゆっくりと見てみる。深はずっとやわらかな微笑みを見せていた。
そして前を向いて、少しずつ歩き出す。
だが、未知がついてこないのを感じて振り返った。
「あ、あのね」
未知がぽつりぽつりと話し始めた。
深は少し離れた位置のまま、じっくりと未知の声を聞いている。
「また……フルート聞かせてほしいなぁ。……それとね、また……お話ししたいなぁ」
未知にとってはこれでも精一杯の答えだった。
少なくとも、深に対しては好意を持っているし、話しているととても楽しく、安らげる。心のつかえが取れていく。
そのように未知は感じていた。なので、また深と話をしたいと思ったのだ。
「あぁ。そんなことでいいなら、全然かまわないよ。むしろそうしてくれるのなら俺も嬉しい」
未知からここまで言ってもらえるとは思っていなかった深は、単純に喜びの表情をあらわす。
「これから、よろしくな」
深が微笑んで未知を見つめる。
「うん、よろしくね」
そう言って未知も、顔がますます赤くなりながらも深をまっすぐ見つめたのだった。