赤い瞳がみつめるもの



 おれには授業の終わった放課後、毎日のように通っている場所があった。
 それは、おれが昔通学していた小学校にある。
 中学2年にもなって小学校とはなぜだろうと思うかもしれない。でも、おれにとっては馴染みの深い場所だった。
 部活には入っていないけれど、今日は日直だったこともあって時間を取られてしまい、着いたのは4時半を過ぎていた。もうこの時間ではほとんど児童は残っていない様子。
 校門から入り、その場所がある体育館の裏手へ回る。
 児童のいない校舎はねじの止まってしまったオルゴールのようで、大きな建物の中はすっかり空っぽになって寂しい雰囲気を漂わせていた。
 唯一職員室だけ電気がついていて、その部分だけはひっそりという言葉が似合わない場所になっていたけれど。
 そうして校舎を眺めつつも歩いているうちに、目的地が近づいてくる。そこには小さな飼育小屋があって、何種類かの動物が飼われていた。
 おれは小学生の時にずっと飼育係をしていたこともあって、動物たちにはかなりの愛着を持っている。動物たちもおれをきちんと覚えてくれていて、飼育小屋に入ると走ってそばまで来てくれたりする。それは素直に嬉しい。
 でもおれがここに通い続けているのにはまた別の理由があった。


 飼育小屋は細い針金で編みこまれた造りになっていて、外から中の様子を簡単に眺めることができる。
 おれがその場所に近づいていくほど、中の様子もぼんやりしたものからはっきりと見えてくる。
 ……あ、いた。
 飼育小屋にはおれの前に先客がいた。
「今日はみんなの大好きなにんじんがあるんだよ」
 向かったのはうさぎ小屋。その中でおれと同じ紺色のブレザーにオレンジ色のマフラーを巻いた少女がしゃがんで3羽のうさぎたちに餌をあげていた。うさぎたちはその少女のことも警戒せず、おとなしく近づいて差し出されたにんじんをかじっている。
 おれの通っている中学校の制服は男女差でネクタイとリボン、あと学年差でその色が違っていた。ちなみにおれがつけているのは緑色のネクタイで、少女は赤のリボン。
 中学生になっても小学校に通い続ける物好きはおれだけではなかった。
 少女の名前は遠野美琴(とおのみこと)。ちなみにおれは遠野雅弥(とおのまさや)。目の前にいるのはおれの1つ年上の姉ちゃんだった。分厚いレンズのメガネをかけている。
「今日3年生はなんだかの集まりがあったんじゃなかったっけ?」
 戸を開けながら中にいる美琴に話しかける。美琴はその声を聞いて振り返っておれの方を見た。その顔がふわっと微笑む。
「まぁちゃん」
 ……おれはいつも美琴からそう呼ばれている。いい加減恥ずかしいから名前で呼ぶようにとうるさく言っているのにずっと小さな頃からの呼び方を変えない。
「あたしはもう進路が決まってるから出席しなくていいんだってば」
 今は2月。中学3年生となると高校受験で追い込みの時期だ。おれたちの住んでいる街では高校が1つしかなく、たいていの人はそのまま地元の高校に進学する。今日は3年生全員対象かと思ったら地元高校進学のための集まりだったらしい。
 美琴は既に隣町の高校への推薦入学が決まっていた。
「ふうん」
 おれは一言そう言って美琴の隣で立ち膝をして、にんじんを手に取りうさぎたちへの餌やりに参加する。
 ぴょこぴょこと移動してくる白いうさぎたち。可愛いなぁと思いつつおれは隣でにこやかに餌をあげている美琴をちらりと見た。
「なに?」
 それに気がついた美琴からこちらを見て話しかけられ思わずびくりとしてしまった。やばいと思いつつそれに気付かれないように次の話題を切り出す。
「そういえば、今日は仲原先生いないんだ」
 仲原衛(なかはらまもる)先生はこの飼育小屋の管理を任されていた。おれや美琴が飼育係だったことからよく色々な話をしたりしていたし、卒業してからも頻繁に通うおれたちのことも気にかけてくれていた。そして、だいたいおれたちが来る時間にはあれこれ動物たちの世話を焼いていたのだった。
「先生は職員会議だって。たぶん遅くなるだろうからこの餌をあげててねってにんじん渡してくれたの」
 うさぎの頭を撫でながら美琴が答える。
「そっか」
 その後はお互い無言でうさぎたちをじっと眺めていた。勢いよくかりかりとにんじんをかじる音しか聞こえてこなかったけれども、飼育小屋での時間はとても穏やかに過ぎていったと思う。


 その後他の動物たちにも餌をやり、掃除などの作業をしていると、夕焼けの色も茜色から薄紫に変わってきた。おれは腹が減ったため思わず腹部に手を置く。
「そろそろ帰ろう」
 腕時計を見てみると5時少し過ぎ。小学校から家まで歩いて30分。着く頃は夕食の時間よりは少し早いけど、お菓子でもつまんでいよう。
「うん。いいよ」
 美琴も立ち上がっておれの後ろから飼育小屋を出ようとした。
「うーん。この時間でもちょっとまだ眩しいね」
 顔をしかめてメガネをかけ直す美琴。持っていた大きなバッグから紺色のつばの大きな帽子を出してかぶる。もうすぐ夜になるということで辺りも薄暗くなっているけれど、それでも美琴にとって日の光は脅威の存在だった。
 夕方の涼しくなった風が辺りを流れる。少し寒いけれど気持ちいい。
 おれはまた美琴を見た。風によってショートカットの髪の毛が揺れる。
 だけどその色は白。そして、メガネの奥に見える瞳は赤。それこそうさぎのような容姿を美琴はしている。肌も透き通るという表現をはるかに超えるほど白い。
 おれも髪の毛は地毛でも茶色く、中学でもよく染めたものだと間違われて注意を受けていた。目の色も茶色で、日に当たっても赤くなるだけで黒くはなりにくい。だけど美琴はそれ以上に特異体質だった。
 美琴は、アルビノだった。


 アルビノというのは色素が全くない人のことを言う。
 人間やその他の動物はみんな持っていて、それによって目の色や肌の色も変わってくる。アルビノである美琴にはそれがないため、目も身体を流れている血液の色がそのまま見えるように赤く、肌の色も真っ白になっている。
 ただ、色々と気をつけなければいけないことはあるけれども基本的には普通に暮らしていけるため、おれはほとんど気にしていない。
「まぁちゃん」
 美琴がふとおれの方を見て笑う。
「なに考えてるの? さっきから黙っちゃってるし、それに深刻そうな顔してる」
 美琴は深くかぶっている帽子を少し上げておれと目を合わせた。
 顔の大きさと比べるとバランスの悪いサイズのメガネがその前にある。これは紫外線をカットするタイプのレンズで、普通の人よりも光を多く感じてしまうアルビノにとってはなくてはならないものだった。
「なんでもないよ」
 おれがそう言うと美琴は「本当かなぁ」と呟いてまた帽子を深くかぶり直した。
 アルビノは紫外線もそのまま肌で吸収してしまうため日に焼けやすい。それでも赤くなるだけで全く黒くはならない。普通は黒くなることで紫外線からの抵抗力を強めると本で読んだことがある。アルビノはそれができないために皮膚ガンにもなりやすいそうで、なるべく太陽の光には当たらないように言われているのをおれも耳タコになるくらいよく聞いていた。
 うつむき加減で歩く美琴の隣をその歩調に合わせてゆっくりと歩く。美琴はメガネで矯正しても足りないほど目が悪かった。障害物などを見ることはできるため生活にはほとんど問題はない。でも遠くまたは近くの細かいものを見る時には少々不便を感じているようだった。
 おれは昔から視力は1.5を誇っていて、目が悪い人のことはよくわからない。ただ小さな頃から美琴はよく転んだりふらふらしながら歩いているといった記憶があった。今は慣れているためにそんなことはないけれど、それでも一緒に歩いている時は気になってしまう。
「今日の晩ごはん、なんだろうね」
 歩き慣れた道を姉弟2人でのんびり歩く。
 太陽が沈みかけているためにすっかり薄くなってしまった影が、おれたちの後を長くなってついてきていた。
「さぁな。なんだろうな」
 美琴の問いに軽く答え、おれはまた黙って歩き続ける。
 いつもそうだった。美琴が色々と話しかけてくるのに対して、おれはただそれに答えるだけ。
 これは小さな頃からずっと変わっていなかった。
「あたしの大好きなにんじんが入っているといいな」
 そう言ってはしゃぐ美琴を見ていると、どっちが年上なのかよくわからなくなってくる。
 まぁ、年子ということもあってほとんど双子同然に育てられたから、そういった感覚になるのもおかしくないかもしれない。
 そうして他愛もない話をしながら家に着くと、夕食のカレーライスのにおいがおれたちを待っていた。にんじんがたっぷり入った具だと母さんから言われて美琴が飛び上がって喜んだのは言うまでもない。


「まぁちゃん、ちょっと漢和辞典貸して」
 夕食後自室のベッドに寝転がりマンガを読んでいると、ノックの音がして美琴が部屋に入ってきた。動きやすそうな七分袖の茶色いワンピースを着ている。
「あぁ、机の本棚に入ってるから持ってっていいよ。なくしたのか?」
 おれはマンガから美琴に目を移して起き上がり答えた。
「ううん。学校に忘れてきたの」
 美琴はそう言いつつ机のそばまで歩いていく。ちょうど手の大きさくらいのルーペを持っていて、本棚にそれをかざしていた。
「漢和……かんわ……あった」
 目的のものを見つけ出し、手に取る。
 美琴は目が悪いため、細かい文字を読むためにはメガネの他にルーペも必要とする。同様の理由で遠くを見るためにはオペラグラスを使っていた。おれから見てみるとものすごく面倒なように見えるけれど、美琴にとってはもう慣れたもの。机の上に辞典を載せ、ページをぺらぺらとめくる。
「漢字って文字が細かくて読みづらいのがつらいね」
 えへへと軽く笑う美琴。それでも読書好きで、マンガばっかり読むおれとは違ってよく色々な小説を読んでいた。
『あまり外に出られないから、本の中で色々なところに出かけるんだ』
 前に美琴はおれにそう言っていたことがあった。そして、おれは制約なしに行きたいところに行けるんだから、その先で見たものを教えてねとも言われた。
 確かに、ほぼ学校と家との往復では何も刺激がないし、つまらないかもしれないと思う。
「美琴は勉強してたんだよな」
 おれは美琴にほとんど答えがわかっていることを聞いてみた。
「うん。明日の予習をしてたんだよ」
 こともなげに答える美琴。おれは自分では宿題が出ている時、またはテスト前にだけ仕方なくやる勉強を、美琴は毎日夕食後にこなしていた。そのためにテストでも順位はかなり上を行くらしい。高校への推薦を取れたのもそれがかなりのウェートを占めているのだろう。
「よくこうもまぁ毎日勉強できるよな。感心するよ」
 おれは勉強嫌いのために美琴の素晴らしすぎる生活習慣は絶対に真似できないと思っている。どちらかといえば勉強の教科よりも体育とか技術で工具を握っている時とかの方が好きだったから。
「だって、あたしは目も見えにくいし、覚えるのもみんなと比べて遅いんだもん。だからこのくらいしておかないと授業についていけないんだ」
 そう言ってにこやかに微笑む。そしてまた漢和辞典に目線を戻していた。目的の文字を発見し、おれの机の上に無造作に乗せてあったメモ用紙とシャープペンを取って何かを書いていた。
「授業についていけなくたって卒業とかはできるだろうに」
 おれはマンガの続きを読むことにしてもう一度ベッドに横になった。高校などは単位があるために色々と大変なこともあるのかもしれないけれど、中学はまだ義務教育の範囲だし、多少出来が悪くても卒業はできるだろうとおれは考えている。そのために遊べる時期は思いっきり遊んでおきたい。来年はきっと受験勉強で大変なことになっているだろうから。
「あたしには……勉強しかできないから」
 メモを取り終わって漢和辞典を元に戻した美琴は先程の微笑みを崩してはいないけれど、それにふと影がさしているように、とても寂しく感じた。
「まぁちゃんみたいに運動とかできればそっちの練習とかもしてみたかったな」
 美琴は太陽の光を長時間浴びていることができないため、グランドで行うような体育は全て屋根のあるところで見学か教室で自習。体育館でやるようなものでも身体が弱いために基礎運動しかやらせてもらえないと言っていたのをよく聞いていた。
 美琴も本当はみんなと同じく太陽の下で走り回りたい。降り注ぐ恵みの光から逃げている自分がとても嫌だと思っているのに。アルビノだからそれができない。
 体育ができない分、それを補うとしたら勉強しかない。美琴のその考え方はおれにとっても苦しかった。
「大丈夫。あたし、勉強好きだもん」
 おれの感情が伝わったのか、美琴がぽつりと呟く。そして再び、今度は明るく微笑んだ。
「高校も遠くなっちゃうけど家から通うんだから、来年はあたしがみっちり受験勉強鍛えるからね」
 手を伸ばし、ルーペをおれの方に向けてそれを覗き込む仕草をする。この距離ではルーペ越しのおれの顔はぼやけてふにゃふにゃになっているだろう。本人にとってそれは銃で標的を狙う狩人のようなポーズのつもりらしい。
「あっはは。それはお手柔らかに」
 持っていたマンガを閉じて傍らに置き、起き上がる。両手を挙げて伸びをして、ベッドに座ったまま目線を上げて美琴を見た。
「無理だけはすんな」
 おれはいつもマンガやらゲームやらで夜遅くまで起きている。それでも美琴も読書なのか勉強なのかはわからないけれど、おれよりも遅くまで部屋の電気がついていることが多かった。
「うん。わかってるよ。もうすぐ卒業だし、ひとまずゆっくりやってるよ」
 夜更かししているのは勉強してるからだけじゃないんだよと笑って部屋を出て行く美琴を、おれはいつも複雑な思いで見つめていた。
 美琴が部屋から出て行った後、おれはベッドから降りて机の方に向かう。机には先程の漢和辞典が入っている本棚の他にもう1つ棚があって、そこには中学2年の男子生徒らしからぬものが置かれていた。
 白いうさぎのぬいぐるみ。これは美琴が小学校に入学した時の親戚からのお祝いで、2羽いたため1羽ずつ美琴とおれとで持っていた。名前は由来が単純だけどシュガー。ちなみに美琴のうさぎはその瞳の輝きからルビーと名づけられている。
 おれはシュガーの頭を軽く撫でる。
 うさぎは茶色やグレーの毛など他の種類もいるけれど、たいていは白と赤。普通うさぎと聞くとこの色を思い浮かべるだろう。
 それでも、美琴は……。
 おれは机の上にマンガを乗せ、テレビをつけてしばらくその画面に見入っていた。
 今日も美琴はおれよりも眠るのが遅いようだった。


 朝はとっても気だるいものだと感じる。
 たとえカーテンを開ければ明るい青空が広がっていることがわかろうとも。
 確かに光に当たれば気持ちいい。自分の中の暗い部分も照らしてくれそうな気がするから。
 それでもおれは、やっぱり朝は好きではなかった。
 だけれど、おれ以上に朝を嫌う人がここにはいる。
「おはよ」
 目をこすりながら美琴がやってくる。おれは先に起きていて食卓についていた。スープを口に入れながら美琴の方を見る。
 寝不足なのか、それともずっとこすっていたからなのか、いつもよりも目が赤いような気がしていた。髪の毛も起きてからそのまま部屋から出てきたといった感じでぼさぼさ。着替えずに寝てしまったのか格好は昨日の夜に見た茶色のワンピースのままだった。
 のろのろとした足取りで台所の椅子に座る。母さんはもうずっと前から朝食を作っていたし、父さんは出かけるのが早いために既に朝食を食べ終わっていた。これでようやく全員食卓についたことになる。
「早く食べないと遅刻するよ」
 テーブルの上に焼きたてのパンを乗せながら母さんが言う。おれはあとサラダを食べ終われば朝食は終了だった。
 おれの家の窓には全て紫外線をカットするシートが貼られている。それでも念のためにと美琴が家にいる時はカーテンを全て閉めて、部屋の電気をつけていた。
「うん」
 一言呟いてジャムを塗り、パンを頬張る美琴。味わっているのかただ噛んでいるだけなのかよくわからない。とにかく、その表情は決して明るくはなく、これからの時間を全て消したいと思うようなぬけがらの顔。
 美琴が朝笑っているのを見るのは、いつも休みの日だけ。たいていの日は朝っぱらから冴えない表情を見ることになっている。それに対しておれもみんなも何も言わない。言えないといった方がある意味正しいのかもしれない。
「玄関で待ってるから、早くしろよ」
 おれは食器をシンクまで持って行き、部屋に戻る時に美琴に一言声をかけた。
 美琴は無言のまま一つこくりと頷いた。


 美琴は制服のリボンを結びながら玄関までやってきた。いつものつばの長い帽子をかぶり、スカートの下には厚い生地のストッキングを履いている。更に今日は晴れているために足首くらいまである濃紺のロングコートと黒の手袋も身に着けていた。おれは冬の時期には似つかわしくないけれど日傘を美琴に手渡す。
「ありがと」
 青ざめた顔のまま玄関を出て歩き出す。家の中が暗かったため急に太陽の陽射しにさらされておれは目を細める。おれでさえそう感じるのだから、美琴はもっと眩しいのだろう。美琴の顔を覗き込んでみると、目を眉間にしわがつくくらいいっぱいに閉じて光に耐えていた。しばらくして細く目を開け下を向いて歩き出す。おれは目が慣れてきたため前を向き、美琴の目印になるようにまっすぐ歩いた。
 ランドセルを背負った小学生やおれたちと同じ制服を着た生徒などが歩いているのが見える。おれたちは歩くのが遅いためにどんどんみんなに追い越されていった。それでもこの時間であれば遅刻はしないだろう。
 美琴の存在はもうとっくに有名になっているため、登校中はあからさまに奇異の目を向ける人は少ない。でも太陽の光のことがなかったとしても、美琴は前を見て歩くことはしないだろうと思っていた。
 おれたちの住んでいる街は冬でもそんなに寒くはならない。たぶん風があまり強くないからだと思う。だから美琴が重装備なのに比べておれは時々マフラーをする程度。ほとんど制服のワイシャツとベストだけで平気だった。
 雪も降らない。ただ街路樹などの葉っぱが落ちてなくなったり、街並みの上に1枚薄いフィルターをはめたみたいに色が少なくなってしまって景色が殺風景に見えるだけ。空の色も今日は晴れているのに心なしか青さが減っているような気がした。
 早く春にならないかな。おれは歩きながらそう思う。寒いのが苦手ではないけれど、なんだか途端に寂しい気持ちになってしまうのはおれの考えすぎだろうか。
 中学校が次第に近づいてきた。家から徒歩20分の距離。でもおれにとっては毎日とても長いもののように感じる。


 校門の前まで来たおれは美琴の視線を感じた。成長するのが遅いのか、ようやく美琴よりも少し背が高くなったという程度のおれは、隣を向くだけで簡単に美琴と目線を合わせることができる。
 その美琴はいかにも不安といったような目でおれを見ていた。その目は泣き出しそうに揺れている。おれは毎日のことながら美琴の背中を軽くとんとんと叩いた。
「よし、今日も頑張るか」
 おれの一言に軽く頷く。そしておれより先に校門を通った。
 途端にその不安そうな表情が満面の笑みになる。足取りが重かった足が軽くジャンプをする。身体が弱いためにあまり走り回らないようにと言っているのに、うさぎのようにぴょこぴょこと飛び回っている。
「それじゃ、また夕方ね!」
 明るくそう言い放って教室まで駆け出す。おれから見てみると人などにぶつかりそうで気が気でない。まぁ今はもう歩いている生徒も少なくなっているし、何より美琴は持久力がないため、靴箱の辺りで息を荒くしているに違いない。
 おれも玄関に向かって早足で歩き出した。
 本当の感情を心の底に沈めてひたすら明るく装う姉に、今日は何事も起こりませんようにと祈りながら。
 校門を通り過ぎた後の美琴は、また放課後この校門を通って出て行くまで……。ただひたすら笑顔を向ける人形になっていたのだった。

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