双離−ふたり−


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 連日降り続いていた雪がやみ、久々に訪れた信じられないほど穏やかな早春の午後。
 母親から頼まれた買い物を済ませ、融け始めて水たまりになっている雪を避けながら足早に家に向かっていた私は、ふと飛び込んできた鮮やかな桃色に目を奪われ思わず立ち止まった。
 急に足を止めたその勢いで軽く水しぶきが舞う。しまったと思いつつ下を向いていた状態から顔を上げる。
 温かい季節の足音と共に次第に青みの増してくる空。その視界の隅にちらりと見えた早咲きの花びら。まだ落ちる時期ではないのに、ひとひらだけ、私の目の前にひらりと落ちた。
「珍しいなぁ」
 小さな独り言と共に膝を曲げ、水たまりの中からその花びらを拾い上げる。何かを知らせるように舞い降りてきた桃色の欠片。それは私の手を冷やしたけれど、心の中はふわっと温かくなった。
 水たまりの冷たさから手の温かさへ移り、次第に柔らかく形を変える花びら。それはとても、とても綺麗で。
 私は微笑んだ。

□■

 私の住んでいる村には、特殊な風習がある。
 まずは、生まれてくる子供は必ず双子だということ。どうしてなのかは全くわからない。私が物心ついてから生まれた子たちもそうだったし、母親などに聞いてももうずっとずっと前から続いていることだったそうで。そういうものなのだと思うしかない。
 私ももちろん双子。私は姉で、妹がいた。
 いた、というのは、今はいないということ。正確にはいるのだけれど、私にはわからない。もうそれを知る術はないのだから。
 妹と会えなくなってから、幾年も経つ。今でも会いたいと思う。そう思うたびに、いつの間にか依存しきっていたんだなぁと認識する。

 私たちは、いつも一緒にいた。
 私たちは、いつも隣にいた。

■■

「ちなー」
 へやでほんをよんでたあたしをよぶこえがすぐそばできこえた。かおをあげなくてもわかるの。これはひな。あたしのいもうとのこえだよ。
「なぁに?」
 もうちょっとよみたいなっておもったけど、おへんじしたら、ひなはうれしそうにわらったの。
「おそとであそぼ」
 ひなはどこにいくのもあたしといっしょにいくの。ひとりはこわいんだって。
 むらはひろいから、あるいているうちにみたことないところにいっちゃったりして、かえってこれなくなったら、あたしもこわいな。
 でも、しってるところはへいきだよ。ひなはしってるところでもこわいっていうから、いつもあたしがつれてってあげてるの。

「ちなー。おはなー」
 いえのちかくのこうえんにいってあそんでたら、ひながかわいいおはなをみつけたみたいでおおきなこえであたしをよんだの。
「うわー。ほんとだ。きれいだね」
 みたことないおはなだったから、あたしもなんだかうれしくて、ふたりでおはなのまわりをぐるぐるまわったりしてたんだ。
「ちな、これ、おかあさんにあげよ?」
 でも、ひなはそういって、わたしがあっとおもうよりもまえに、くきをひっぱっておはなをぬいちゃったの。
「ひな、だめ!」
 おおきなこえをだしてひなのてをたたいたから、ひなはめをぱっちりさせてびっくりしてた。
「もう、おはなかれちゃうでしょ!? せっかくきれいにさいてたのに!」
 ひなははじめ、あたしがなんでおこってたかわからなかったみたい。でもだんだんわかってきたみたいで、おはなをもったまましゅんとしてた。
「あ」
 ひなのてからおはながおちちゃったから、あたしはあわててひろったの。いまにもなきそうなひなのかお。おこりすぎちゃったかな。
「しかたないよ。もうぬいちゃったんだもん。おかあさんにもみせたかったんだもんね。これはもっていこ? でも、つぎはおかあさんをつれてくるってことにしようね」
 あたまをなでながらやさしくこえをかけてみたら、ひなはぐすっとはなをならして、でも、こっくりとうなずいたの。

 いえにかえっておはなをおかあさんにみせたら、とってもよろこんでくれたんだよ。かびんにみずをいれてさしたら、しなっとしてたのからちょっとおはながげんきになって、ひなとふたりでよかったねってわらったの。
 あたしはおねえちゃんだから、ひなにいろいろおしえてあげるの。ひなは、いつもあたしのうしろをとてとてとついてくるの。とってもかわいいの。

■■

「ちな」
 がっこうからのかえり道。となりでならんで歩いてたときに、ひながはなしかけてきたから、あたしもひなの方を見たの。
「なぁに?」
 ひなは、まっすぐ前を見て歩いてたけど、なんだかとおくを見ているみたいで、なんだろうなって思ったんだ。
「せんせいが言ってたね。あたしたちにはおかあさんがいて、そして、おとうさんって人もいるんだって」
 今日おしえてもらったことについて、ひなはなにかかんがえているみたい。あたしは「うん」とだけ言って、つづきをはなしてくれるのをまったの。
「おかあさんと同じで、とってもたいせつな人なんだって言ってたよね。でも、会ったことないからわかんないよね」
「そうだね」
 あたしはうなずいて、ちょっとくもりがかった空を見上げた。

 生まれてきた人にはかならず、おかあさんとおとうさんがいるんだって。おかあさんはいつもあたしたちといっしょにいるけど、おとうさんは見たことないの。でも、それは当たり前なんだって。
 この村では、双子が生まれたら、おとうさんって人は村を出て行かないといけないんだって。だから、あたしたちはおとうさんを知らないの。18才になったら会えるんだよってせんせいは言ってたけど、本当かな。でも、おかあさんといられるんだったら、別に、おとうさんには会わなくてもいいや。ひなはどんな人なのかなって言ってたけど、あたしはどうでもいいやって思っちゃった。

■■

 12才の誕生日。家族3人で仲良くお祝いの準備をしていた時のことだった。おかあさんがふと遠くを見るような目をした後、軽くため息をついたのを見て、私と陽菜はどうしたのと聞いてみた。
「そろそろ話さないといけないかな」
 そう言って、準備が終わった後、ごはんを食べる前におかあさんが言ったこと。もう周りの色々な人たちから話は聞いていたからどういうことなのかは知っていたけれど、やっぱり聞いていてさびしくなった。
「この村のしきたりでね。双子は13歳になったら、家を出て、二人で自立した生活をしなくてはならないの。もちろん、そのための家とか、仕事とかは、その前にきちんと用意されるわ」
 おかあさんと離れて暮らさなくてはいけないのはつらいけど、私には陽菜がいれば大丈夫。さびしいけど、さびしくない。陽菜も私のそんな顔を見てこくりとうなずいてくれた。

 それからは、いつもやっていたことではあるけれど、おかあさんの手伝いを更に多くやるようになった。料理とか、洗濯とか、二人で生活をするのには必要なことを、一つずつ。ていねいに教えてもらった。始めはたどたどしく、失敗もすることが多かったけれど、何度もやることでこつをおぼえたりした。成功するとうれしくて、陽菜と競争しながら色々なことに挑戦したりした。
 家事は私の方がおぼえるのが早かったから、陽菜に教えたりもした。それもうれしかった。
 そして、13才の誕生日が近づいてきて、私たちのおしごとが決まった。村の食堂に住み込んでお皿洗いなどをすること。私の得意なことがおしごとになってよかった。色々わからないことがあるかもしれないけれど、なんとかやっていけるかもしれないと思えて、ちょっとだけほっとした。

 家を出る日。おかあさんが私たち二人をぎゅっと抱きしめてくれた。あなたたちなら外に出して恥ずかしくないって、背中をなでて言ってくれた。うれしかった。
 そして、これから二人だけになるから、きちんとしなくちゃと、ぎゅっと手をにぎりしめた。二人でがんばっていかなくちゃと。陽菜もそう思ってくれているようで、にぎりしめた手を更にぎゅっとつないでくれた。

■■

 二人での生活は、かなり順調に進んでいったと思う。
 仕事はまず見習いからということでお皿洗いとか、テーブルを拭くとかから始まったし、生活自体も、食堂の二階の部屋に住み込みだったから、夜も怖いということなどもなかった。
 私たちが住まわせてもらっている家には、食堂を経営しているおじさんが住んでいる。もちろん、何かがあっても双子の自立を妨げるような手助けはない。ないけれど、おそらく家に私たち二人以外の誰かがいるというそれだけでもかなりの強みがあったと思う。
 食堂ではおじさんの他に、私たちと同じく働きに来ているお兄さん二人がいた。もちろんお兄さんたちも双子だけれど、住み込みではなくて、近くに二人用の家が用意されていた。お兄さんたちは、仕事では厳しかったけれど、終わった後は今日もよくがんばったねと頭を撫でてくれて、それが私と陽菜の励みになっていた。

 でも、私たちが仕事にも生活にもすっかり慣れて、殺風景な部屋を少し可愛くしようかという余裕が出てきた15歳の頃。いつもの出勤時間にお兄さんたちが来なくて、陽菜とどうしたんだろうねなんて話をしながら開店準備をしていた。
 開店する少し前の時間に食堂の入り口のドアが開いた。
「ごめんなさい。まだ開店前なんで……」
 お客さまに声をかけた私をよそに、陽菜がお兄ちゃんと言いながら入り口に駆け寄った。どうしたんだろうと手を止めて入り口を見ると、お兄さんの一人が旅装束を着て立っていた。
「稚菜ちゃん陽菜ちゃんには挨拶しないとって思ってね」
 そう言ったお兄さんの後ろからもう一人のお兄さんが食堂に入ってきた。こちらはいつもと変わらない格好だった。
「双離の時期になったんだ。だから、俺とはお別れなんだよ。今までありがとう」
「ふたり……? お兄ちゃんたちが?」
 学校で何度も繰り返し教えられるから、言葉の意味としてはわかっていたけれど、私にとって身近な存在の人がそうなるのは初めてだった。

『双離』は、双子が18歳になった時にそれぞれの道へ旅立つことを言う。この村のしきたりで、双子の一人は村を出て、生まれた頃に別れた父親の元へ行かなければならないのだ。村を出た人は、今後村と連絡を取り合ったり帰ってきたりしてはならない。唯一、父親が18歳になった子供を迎えに来る時だけは例外として認められているが、それ以外は、村を出るということは、もう会うことができないということを意味する。
 お兄さんがとっても大好きだった私と陽菜にとっては、あまりに突然すぎる、悲しすぎる別れだった。
「ごめんな。何度も言おうって思ってたんだけど、頭を撫でた時に見せる二人の笑顔が可愛くてなかなか言えなかった」
 片手でそれぞれ、私と陽菜の頭を優しく撫でながらお兄さんが謝る。私は突然のことで頭の中が整理しきれていなかった。隣では陽菜がぐすっと鼻を鳴らして泣いていた。
「俺の方は、病気がちな母さんの世話をすることになって。だから食堂で働くことはもうないけど、たまに食べに来るからな」
 もう一人のお兄さんも、申し訳なさそうにそう言ってくれた。
 双離は、今まで周りの人たちを見ていても全く実感がなかったけれど、とてもつらいものなのだと、その時に初めて認識した。
 その日の夜、私と陽菜は、二人で涙を流しながら、しっかりと手を繋いで眠った。泣き疲れたという表現が正しいかもしれない。

■■

 自分たちは、当てはまらないと思っていた。
 そう考えていたのは、そうしたくないという私の逃避だったのだろうか。
 私たちへ決断をするよう伝えられたのは、17歳の誕生日。実家を二人で出てから一度も尋ねてくることのなかった母親が、家にやってきたのだ。実家を出るまでにいつも見ていた柔らかな顔ではなく、その表情は神妙だった。
「来年に、どちらか一人は、貴方たちの父さんと共に村から出なければいけないわ」
 そう告げられた私たち双子は、自分でも気づかないうちに手をしっかりと繋ぎ合っていた。離れたくない。言葉にはしていないけれど、二人とも同じくそう思っていることが伝わってきた。
「私も姉ちゃんを見送った経験があるから、貴方たちが今どう思っているかはよくわかっているつもりよ。あと一年ある。二人でよく話し合って、二人とも納得の行く結果を出しなさい」
 そうだった。この村の住民であるということは、全員が双子。私たちより年上の人たちは、全員双離を経験しているのだ。そのつらさ。苦しみ。全て知った上で私たちに決断を投げかけてきている。
 顔を見合わせ、どうしたら良いか考えあぐねている私たち。
 ふっと、母親の表情がいつもと同じになった。私の大好きな、温かな包容力のあるおかあさん。
「来年の誕生日に、父さんが迎えに来るわ。たぶんその何日か前には何かしらの形で連絡が来るでしょう。でも安心しなさい。貴方たちを生んでからは離れてしまったけど、父さんはとっても良い人よ。私が選んだんだもの。どっちについていっても悪いことはない。それは断言できるわ」
 そして、にっこりと微笑んだ。それは決断について言われてすっかり固まってしまっていた私たちの緊張を緩める効果があった。
「村に残った方は、母親の元に帰れるんだよ。どっちが残るかわからないけど、残った方は、しっかり私の面倒を見てちょうだいね」

 そして、月日が経って次の誕生日が近づいてきたある日。見慣れない消印の押された便りが実家に届いたと母親から連絡があった。
 父親からの手紙。今住んでいる街についてや、今後どうするかについて。その他様々なことがびっしりと何枚もの便箋に書き連ねられていた。
 結局、17歳の誕生日に母親に言われてから、私も陽菜も、決定的な結論はいまだに出せていないでいた。それが、こうして手紙も届いて、日も近づいてきて。双離からは逃れられないということを改めて思い知る。
 二人とも、手紙は便箋がよれて今にも破れてしまいそうになるまで何度も読み返した。
 これからのことを考えて、頭が痛くなるくらい考えて、それでも私は結論が出せずにじっとしているままだった。このままではいけないと思っているのに、肝心なところで、何も動けずにいたのだった。

■■

「稚菜、ちょっといい?」
 会ったことのない父親からの便りが届いてから幾日かたった夜。部屋で寝る支度をしていた私に陽菜が話しかけてきた。その声音から真剣さを感じ取り、私は手を止め妹を振り返り見る。
「ずっと考えてたんだけど」
 そんな出だしで始まった台詞はなんとなく私には想像がついていたものだった。
「私、父さんとこの村を出るよ」
「陽菜……」
 驚かない私を見て陽菜はにこりと微笑んだ。
「稚菜は本当は私とかより人一倍甘えんぼだってこと、知ってるよ。ちょっときついこと言うけど、この年になっても、一人で歩いていくことができる状態じゃない。それでも、私がいるからずっとしっかりしなくちゃって気を張り続けてたこと、知ってるよ」
 隠し続けていたことだけれど、やっぱり陽菜には伝わってしまっていた。物心ついた頃からも、二人で暮らし始めてからも、ずっと。
 たった数分早く生まれただけのことではあったけれど、私は姉なのだから。姉は妹を守らなければならない。まだ母親と共に住んでいた頃は二人で守られる側だったから顕著ではなかったけれど。
 二人で暮らし始めてからは、二人で全責任を持つことになる。その負担を姉である私が多く担わなければと多く動いてきたことは事実。それが私自身を蝕んでいたことは事実。
「稚菜にとっては、この慣れ親しんだ村から出るってことは考えられないでしょう。平穏無事でいることを第一に考えてるんだから、変化には耐えられないんじゃないかな」

 陽菜は、重大な決断をしたにもかかわらず、穏やかな表情を崩さない。もう完全に心を決めたんだなと私にはわかった。
「私はもう充分守られたよ。私に嫌な思いをさせないために色々してくれてたことも知ってる。そろそろ姉離れをしないとなって思ってたんだ」
 いつの間にか、陽菜の手には父親からの便りがあった。封筒から便箋を取り出し、改めて軽く目を通す。
「これを見て、純粋に父さんに会ってみたいなって思ったこともある。上手くやっていけそうって思ったんだよ。あとはね、私は村を出たことがないから、他にどんなところがあるんだろうっていう楽しみもあるんだ」
 ずっと私が守らなければとがんばってきたと思っていたけれど。陽菜は私の何倍も強い子だった。ずっと、弱いくせに無理して振舞っていた私を影から気にかけてくれていたのだろう。今回村から出ると言ったのも、陽菜の言葉も嘘ではないとは思うけれど、本心は、私のためなのだろう。
 私は、私だってこの村を出て行くことは平気だし、考えなかったわけではない。だけれど、どちらかと言われたら。
 私は、村に残りたい。
「陽菜、ごめんね。ありがとう」
 知らず涙が頬を伝っていた。それを見て、陽菜も瞳を潤ませていた。

 別れる直前になり、私は良い姉ではなかったと改めて思う。陽菜を守らなくちゃと懸命に働いていた時も、結局はそういう姉でいたいという私の自我が強かったのだろう。私がいなければと思うことで存在意義を見出していたのだろう。
 妹が旅立つと決定した後、自分自身について深く考えてみたけれど、陽菜がいてくれたから私でいられたのだと思うことばかりだった。
 旅立ちの前日、父親が陽菜を迎えに来た。物心がついてから初めての対面。夜に一生に一度の家族四人勢ぞろいの食事を取った。陽菜は楽しそうに村の外のことを父親に聞いている様子だったけれど、私はなんだかたどたどしくなってしまった。それでも、一番最後にしっかりと、陽菜のことをよろしくお願いしますとだけは、伝えることができた。
 そして、その次の日。二人の18歳の誕生日。
 私たち双子は『双離』した。

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 私たちは、別れて歩き出した。
 私たちは、会えなくなった。

 私の住んでいる村では、特殊な風習がある。
 それは、生まれてきた双子は必ず双離を経験するということ。どちらか片方は年齢に達すると村から出て行かなければならない。どうしてだろうと思う以前に、それはこの村ではもうずっとずっと前から続いているごく当たり前のこと。拒むことは許されない。
 私も双子。私は姉で、妹がいる。
 私がこうして生きているように、妹もどこか私にはわからない場所で懸命に生きているのだろう。それを知る術はないけれど、命を分かち合った二人だから、何かあれば互いに気付く。そう確信している。
 離れているけれど、双子であることは変わらない。かけがえのない存在だということは、決して変わらない。

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 根雪が融けかけ、辺りが水たまりと青空とそよ風に包まれた早春の午後。
 昨日まで雪が降り続いていたとは思えないくらい温かい。これからますます過ごしやすくなってくるだろう。雪ももう多くは降らないだろう。
 陽菜が旅立って行ったのも、こんな時期だった。その時も、まだ時期ではないのに、鮮やかな桃色の花びらが見送る私と旅立つ妹を彩っていた。それを見て、不思議と涙が引いて行ったのを覚えている。
 寂しくないわけではない。悲しくないわけではない。そんなに一瞬で心に開いた穴を埋められるわけではない。実際その後幾日も泣き続けたけれど、その時だけは、笑顔で見送ることができた。大切な妹の大切な旅立ちだったし、私にとっても新たな幕開けだったから。そして年月を重ねて、こんなに穏やかな心持ちになっている私がいる。
 花びらを潰さないように気を配りつつ、柔らかく手を握る。
 空を見上げる。目を閉じ、片方は買い物かご、もう片方は花びらを持っている手を上げて伸びをする。しばらく経ってから手を下ろし、目を開ける。
「私もがんばるよ」
 しばらく物思いにふけってしまっていた。家では母親が買い物から戻る私をずっと待っているだろう。
 足早に歩き出す。ざくざくと融けた雪がその動きに合わせて音を立てる。足元が悪く歩きにくいけれど、歩調は驚くほど軽かった。
 私は再び微笑んだ。